斎藤はどこへ行った

ベリベリエモーショナルOL一年目(元大衆大学へっぽこ心理学部生)

すみっこにいた女児のはなし

十代の終わり、インターネッツでこんな言葉に出会った。

 

「学校のクラスは社会の縮図だ。ここで馴染めなかったりパッとしなかったりするやつは、いくつになっても、何をしてもダメだ。」

 

ガラケーの狭い画面上に浮かび上がるその言葉を見た瞬間、わたしの中に膨大な量のイメージがあほみたいに流れ込んできたのを今でも覚えている。

 

1ねん3くみ、2ねん3くみ、3年4組、4年4組、5年2組、6年2組、1年6組、2年7組、3年6組、1年5組、2年6組、3年6組

 

給食袋と音楽バックが下げられた机の群れと大繁殖したモクモクの苔の中で気まずそうに泳ぐやせっぽちのメダカがいた水槽、あるいは、手作りのフェルトのお守りがぶら下がったななめ掛けのエナメルバックが乱雑に転がる足の踏み場もない床とむんわりと香るいろいろなシーブリーズのにおい、あるいは、チャックの空いた化粧ポーチがひとつふたつとならぶトイレの流し台と人名を伏せたひそひそ話。

 

いつだってどこにいたってなにをしたってわたしはずっと「かしわぎさん」で、どんなにおれたちさいこうな〇年〇組が様々な行事を経てよりいっそう最高の仲間たちとなり団結と絆を育んだとしても、わたしはずっと「かしわぎさん」で、いつだってわたしは教室のかたすみで数少ない友達とひっそり大喜利大会をして、わらって、わたしはほんとうは面白いニンゲンなのになあとおもって、おもうだけしてて、でもずっとわたしは「かしわぎさん」だから、友達が休んだりするとどこにも居場所がなくて、図書室に行く、いつだってどこにいたってそうだった。

 

いつだってそうだったけど、でもわたしは、人生というものは、それなりに努力して勉強をし、それなりに準備をコツコツとしていけば、いつかそれなりの真人間になれるかもしれないのである、などとも思っていた。真人間にさえなってしまえばこちらのもので、わたしはいつか、「この世の中にはこれっぽっちもみじめなことなんてありません」という顔で生きていけるのだ、なんて思うと、どんなみじめなことも大したことはないなどど思い込めた。わたしはたいへんにしあわせものだったのだ。


だから、その言葉を見たとき、怖くなった。

わたしは「今は」みじめで不幸せだけど、「これからも」ずっとみじめで不幸せなのかもしれない、ということに気がついてしまったから。


教室の隅が、いつしか講義室の隅になって、オフィスの隅になって、そして私は地元の隅の、築50年のオンボロ実家でじっと縮こまりながら、歳をとって、親は死んで、一人ぼっちで、もう大喜利をする相手もいなくなって、間の抜けたとんちを壁に向かってつぶやき続ける。

そんな未来は簡単に想像でき、そしてそんな未来はとてもとてもしっくりきたのだった。全部が全部どうでもよくなってしまった。

わたしは一気に自分はもしかしたらとても不幸な人間なのかもされないということに思い当たってしまったのである。







初めてその子と話したとき、なんだかよくわからない人だなと思った。


新宿のワイアードカフェ。先に座って待ってたその子は、気まずそうに背を縮こまらせて、アイスカフェラテを飲んでいた。


あ、あの、はじめまして、

ワタワタと着席しながら私がぎこちなくモゴモゴと話しかけると、同じようにその子も


あ、はい、どうも

とだけ言って、こちらを一瞥だけしてまた背を縮こまらせた。



友達の紹介だった。感性が面白い男友達がいるので、会ってみない?とても気があうと思うよ。と勧められ、数回LINEのやり取りをし、会ってみることになった。


キャベツ 千切り トントントン


事前に、面白い人なんだよねというフリでその子のツイッターのホーム画面を見させられてた。

つぶやきやリツイートがほぼ無く殺風景なそこには、キャベツ 千切り トントントンとだけ浮かんでいて、それを見て、わたしはなんだかまだ会ってもいないくせに、とたんにその子のことが好きなってしまったのをなんとなく覚えている。


ワイアードカフェでは特に会話が盛り上がることも続くこともなく、雨の新宿をあてもなくさまよい歩いて、そのまま流れで映画館で『ズートピア』を見て、照明暗めのお手頃価格のおしゃれ和食ダイニングみたいなところでご飯を食べたけど、そこでは特に感想を言い合うこともなく、ご飯食べ終わると同時にすぐに解散した。


そこからなんとなくその子との交流が始まった。


交流というか、交流というほど何かを話したりだとか打ち解けようと何かアクティビティーを行ってみたり、なんてことはなくて、適当に場所を決めて集合して、フラフラと歩いて、歩いている最中に彼がよく分からない間の抜けたボケみたいなことを言ってくるので、私がそれに同じく間の抜けた感じに返答をして、お金がないのでウィンドウショッピングをして、無印良品に立ち寄って、映画を見て、ご飯を食べて、帰るということを月に2回くらいやる。そういうことがしばらく続いた。


それで、いつだったか、何回めかのそういった交流で横浜の回転寿司屋に立ち寄った際に、ずっと黙って生海老と甘エビとエンガワばかり食べていたその子は、ああそういえば思い出したなぁという感じにポツリポツリと私に自身の話をし始めたのだ。


小学生の頃とかさ、何か覚えてたりする?という枕から

親が転勤族だったため、小学校は3度変わった。

最終的に九州の外れに一家は居を構えて落ち着いた。

小学生の頃は今以上にぼっとしていた。

お昼休みの時間、クラスには「クラスの子どもみんなで外に出て全員で遊ぶ」というしきたりがあったのだが、自分は外で全員で遊ぶということがとても嫌だったので、昼休み毎に図書室に行き、司書の年配の女性と、クラスの隅っこにいた女の子と本を読んで過ごしていた。

中学から陸上を続けていて、高校でも陸上部だったのだが、年頃の男子が集まると必ず始まる「クラスの女子の格付け大会」が苦手で、それが始まるたびにそっと席を外して一人になっていた。


それらの話を淡々とその子は話していった。恥ずかしそうにも、気まずそうにも、後ろめたそうにも見えなかった。話の合間合間にその子は流れてくる海老をとって食べ、わたしはサーモンをとって食べた。サーモン取って食べ、話聞いて、カンパチをとって食べ、お茶をすすりながら、わたしは不思議な心地になっていた。


それは最初、既視感たった。

しかしその輪郭は非常におぼろげで、この既視感はなんなのだろうなどと思っていると、徐々にゆっくり、ゆっくりと頭の中にまた、例の、例のあのイメージが駆け巡ってきたのである。


給食袋と音楽バックが下げられた机の群れと大繁殖したモクモクの苔の中で気まずそうに泳ぐやせっぽちのメダカがいた水槽、あるいは、手作りのフェルトのお守りがぶら下がったななめ掛けのエナメルバックが乱雑に転がる足の踏み場もない床とむんわりと香るいろいろなシーブリーズのにおい、あるいは、チャックの空いた化粧ポーチがひとつふたつとならぶトイレの流し台と人名を伏せたひそひそ話


わたしは、そこでようやく、いま目の前で海老ばかり食べているこの子はきっとわたしに違いないと、そんなバカなことを自分が感じているのだということに気がついた。

この子はきっと男の子として生まれたときのわたしである。たしかに私はその時、そう感じた。


そう思ったらとたんに、わたしは行ったこともない九州の外れの、公立小学校の老朽化した校舎の別館で『エルマーとりゅう』を読んでいた。あるいは陸上部の更衣室のロッカーから足早に立ち去ろうとミズノのシューズを乱暴に脱ごうとしていた。あるいは、あるいは。


たくさんのあるいは、が頭の中に注ぎ込まれてきて、わたしは一人でアタフタした。あわてて醤油皿の小脇にあったビールをぐぐぐと煽る。

アルコールはいい具合に精神を落ち着けてくれて、心拍数がトクトク、と静かに早まるのを感じた。心地が良い。心地が良かった。


学校のクラスは社会の縮図だと誰かが言った。なるほどたしかに、この社会というものはいじめっ子もいじめられっ子も、頭でっかちな優等生も、噂大好きスピーカーも、凡庸な傍観者も、スケープゴートも、多数決も、運動会も、合唱コンクールも、文化祭も、お遊戯会も、お楽しみ会もある混沌と悪意と善意と感情に満ち溢れた世界である。


でもきっと、例えば怒号が飛び交う合唱コンクールの練習をふと一緒に抜け出して、校舎の隅っこで大喜利をしあえる相手が、そんな相手が誰か一人でもいれば、人生というものはとても幸せなのかもしれないなと、思った。


ひどく救われたような気持ちで焼きハラスを食べた。サーモンの寿司は美味しい。サーモンアボカド巻きも美味しい。サーモンユッケ軍艦も美味しい。


悪くないじゃん、案外、人生。悪くないのかもしれない。

アルコールで浮遊する頭の中でたしかにそう呟く声が聞こえた気がした。



 

7/14金曜日に副都心線女性専用車に乗っていたあなたへ

女子高生2人がドアにもたれかかって、おしゃべりをしていた。

閑散とした下り方面の通勤電車。けれど席は全部埋まっていて、さっき止まった駅で乗り込んできた2人はいく場がなかったらしい。


2人ともおんなじ水色のタータンチェックのスカートを履いていた。きっと同級生なんだろう。1人は同系色のポロシャツを、もう1人は白いシャツを上に着ていた。

白いシャツの子は色が白くて、柔らかく綺麗な黒髪をさっぱりとしたショートヘアにしていて、頭が小さくて、スラリと背が高く、笑った顔が双子のマナカナに似てた。アイブロウもしていない眉はそれでも綺麗な弧を描いていて、色付きリップも塗っていないだろうなぁというすこし横広の唇は、血色の良いピンク色をしていた。

ポロシャツの子は、白いシャツの子に比べると小柄だった。比べると頭の大きさがやや大きめで、肌もどちらかといえば浅黒く、前髪が異様に重たいセミロングヘアで、とくに何も手入れしていないであろう眉毛は野暮ったく、唇は血色の悪い色をしていた。

最近世に生まれた人たちは、スマホをいじる片手間に一緒にいる友達と喋ることがままあるけど、2人はそんなこともなく、とても楽しそうに、なんかよくわからないけどとても楽しそうにおしゃべりをしていて、私は、ああこの2人は片手間の仲良しではなく、本当に仲が良いんだなあと思って、しばらく2人を見ていた。

この路線は都心に入ると地下に潜る。
暗がりに入った途端電車の窓が、鏡みたいに車内の様子を映し出す。口角が下がって虚ろな目をしてる自分の顔を、ぼうっと見つめて、ふと女子高生2人を見て、そこで私はあっと気がついた。

小柄な方の子が、なんだか気まずそうに、自分の頭のてっぺんを触って、恐る恐る、こわごわと、髪を手でなでていたのである。

私はあっと思った。その気まずそうな、恐る恐るという手の動き、恥ずかしそうに歪む目元と、どこか誤魔化すように一瞬引き笑いする口元。そういう振る舞いには、とても見覚えがあった。在りし日、高校の女子トイレの中で、蛍光灯がらんらんと光るドラッグストアのコスメコーナーにある手のひらほどもない大きさの鏡の前で、マルイに入っているようなきちんとした服屋に置いてあった鏡の前で、誰かと一緒に並んでいる時の私と、全くおんなじだったのだ。
だから私は、このポロシャツの子は今、絶対に、自分の容姿に負い目を感じているのだろうなと、そう思った。



自分の容姿に薄ぼんやりとしたコンプレックスがある。

頭が標準よりでかいなあとか、おでことあごが豊かすぎてなんだか間延びした顔だなぁとか、足が太くて短くて嫌だなぁとか、お尻がおおきすぎるなぁとか、二の腕がブツブツしているなぁとか、そういう細々した「一般的な女子の容姿と自分の容姿との差異」っていうのはままある。ままあって、そうしてそれが要因で、私は世間的に美しいとされる容姿ではないということは随分前から承知していて、だから私はできるだけ自分の容姿にはお金をかけたくないなぁというふうに漠然と思っていた。なんでかっていうと、そんなに元が良くないものに、かけるお金を得るために頑張って働くということがとてもとても嫌だったからである。

お金をいっぱいかけるのではなくて、あらかじめ分野?によって予算を決めて(服は2000〜5000円までにする。必ずセールで買う。美容院はカットトリートメントで5000円くらいまでにするとか)見苦しくない程度にやりくりをしながらぼちぼち身の丈に合わせてやってきた。
身の丈といってもたかが知れてるので、実際の容姿も相変わらずだったけど、たま〜〜にもらえる「その服いいね」とか「髪の毛は短い方が似合ってるね」というお言葉だけで十分満足していて、私は脇の永久脱毛をすることなく、二の腕のブツブツと向き合うことなく、左目の横にある大きなシミと向き合うことなく、この歳まで来てしまったのである。  

そうやって来た私が、あっ、と思った出来事がある。

先日、インターネッツで知り合ったお友達と服屋へ買い物に行った。
彼女はとても容姿が綺麗で、元が綺麗だけど美意識が高いのでお金をきちんとかけてさらに綺麗に自身を着飾っている、そんな人だった。そういう彼女に誘われていく服屋というのは、もちろんとても美意識が高く渋谷のなんかこう裏路地?にひっそりと佇むなんかこう海外のアンティークな可愛いお洋服を取り扱う古着屋といういかにもシャランラ〜みたいなところで。

服屋といえば、UNIQLO、ジーユー、GAP、H&M、アルシーブス、vis、ロペピクニックと地元のイオンでまかなうことしか考えていない、地元は嫌いだけど実質マイルドヤンキーみたいなライフスタイルをしてる人間からしてみればそういうところは間違いなく異空間である。丈のあっていないGAPの2000円のワンピースで立ち入るのは非常にアレで、まあ入ってからもお友達はガンガン接客されるけど私は店員から完全スルーされて、うほほまあある程度は想定内なのでと思いながら所狭しとアンティークな雑貨に囲まれた店内を物色していると、1つのワンピースに目が止まった。

透け感のある素材の、胸下で切り返しがしてある紺色のワンピース。首元はボックス型?に開いていて、二の腕がすっぽり隠れるくらいのふんわりした袖口、やや赤みがかった暗いアメジスト色のボタンが真ん中に4つくらいてんてんてんと付いていて、切り返しの下は白のドットがプリントされたストンと落ちるデザインのワンピース。

それをみた瞬間、おお!これ!これだ!と思った。迷わず一点、それをとって店員さんに話しかけて試着をさせてもらった。


買い物に行くとき、これはなにを買うにもそうだけど、頭の中でものすごーく買うもののイメトレをしてから店に行くようにしている。
服を買うのだったら、私は足が太くて短いので上の方で切り返しのある膝下丈のワンピースか、ミモレ丈のスカート、色はクローゼットの他の服とかと合わせやすいようにかつ生地や裁縫のアラが目立ちにくいモノトーンか暗めのものを買いたいなぁとか思う。でも安い店には大概ピンと来るものはなくて、しかたないから及第点の物を買っておくか〜と思って買ってうーんやはり及第点は及第点か、となって、そんな感じで今までやって来ていた。

MMにお前の髪型、メルモちゃんみたいやな!と言われた昭和っぽいショートヘアと水玉模様の長い丈のスカートはレトロな感じがとても合っていて、面長な顔とと短くつまった首は、やや広めの四角く開かれた襟ぐりで幾分か緩和され、ブツブツの二の腕はふんわりとした袖に隠れ、太い足と大きな尻はストンと下がったスカートの中にすっぽりと隠れていた。

試着をして、ああ、私はこういう服が「合っているんだなぁ」と思った。
これを着たからといって、劇的に美しくなれたとは思わない。けど、でも、「合っている」服を着ている自分をみて、なんだかとても安心したし、とても満たされた気持ちになった。
それは、自分で選んだ選択したものが自分に合っていた、つまり自分にとっての正解を自分で選ぶことができたんだという静かな喜びだった。流行りの刺繍トップスが似合わなくても、でも私は今確実に沢山ある服の中から自分にとっての正解を見つけられて、そしてその見つけた服と自分が調和できたことにたいする静かな興奮でもあった。

試着室から出たら店員さんが飛んで着て、わーーーーーお似合いですねーーーーーと言われた。さっきまで私のことをないものとして扱っていたのに、目をちゃんと見てかけられたその言葉に、「ああ、やっぱり、この服は私に合っているんだなぁ」と思って、途方もなくホッとした。



7/14金曜日朝の副都心線女性専用車で気まずそうに髪を撫でたあなたに言いたいなと思うことは、そうだな、今はみんなとおんなじ制服を着させられてわからないとおもうけど、あなたに似合うよそおいというのはこの地球上のどこかに必ずあるよということです。似合う服を着たからといって私たちはマナカナになれるわけでもないし、髪をショートカットにしたからといって剛力彩芽さんにはなれないけれど、でも似合うよそおいをしていれば、とても心が安定して、落ち着いて、安心して、なにより自分を恥ずかしがらずに良くなると思う。そうおもうよ。

そしてなりより、自分を恥ずかしがらずになったらきっと、女子トイレや地下鉄の反射した窓ガラスの前やドラッグストアのコスメコーナーの小さな鏡の前にあなたの好きな友達と一緒に並んだとしても、なんにも恥ずかしがることなく、後ろめたくおもうことなく、惨めな気持ちを抱くことなく、一緒におしゃべりが出来るのでは?そう思います。


自分に似合うよそおいを探すために、ぼちぼち勉強してぼちぼち働き、すこしばかりのお金を使って、それなりに休息をとりながら、まあ、一緒にやっていきましょう。やっていこうね。





気になるMMとわたし

最初に弁明させてもらう。今回出てくるMMは「わたしの周囲にいる誰か特定の一人」を指しているのではなくて、わたしが就活中~就職後に出会った「たくさんのふしぎなおとなたち」を統合して創り上げた架空の存在である。(あと関西弁に関してはおぼろげな記憶をたどってかいてるのでほんとに自信ない。関西の人ごめんね。)

 

 

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社長面接で場面緘黙かましたけど、なんかわたしを拾ってくれた弊社で働き始めて、もう一か月半になる。

 

選考中から薄々感づいていたことだけれど、弊社は「とてもおとなしい人」が多い。みなさん、毎朝毎朝ささやくような声で挨拶をしながら出勤し、有線ランでつながれた古ーいPCにて拙い手つきでExcelカタカタして、ひたすらに得意先にFAXを送り、得意先から来るFAXを受け取り自社の帳簿システムにカタカタ入力をして、またFAXを返し、たくさんかかってくる電話にささやくような声で出て、そして陽炎のように定時になったら帰宅をする。これが弊社の日常である。

「教室の隅っこにいた人たちをまとめて作ってみた会社」って感じの弊社の雰囲気をわたしはなかなかに気に入っていて、たぶんわたし自身もその雰囲気の中に溶け込めているのだろうなあと、まだ入って少ししかたってないけど、とても感じている。つまり、人事採用担当者は「職場の雰囲気を乱さない人間か否か」を基準とし採用を行い、わたしはその基準にうまい具合に引っかかれたということである。ははーーーーありがとうございます。社長面接で緘黙してしまった際、「かしわぎさんは海外へのボランティア経験があり~・・・」と助け舟を出してくれた佐々木人事部長。

 

でもでもでも、人間の集団というのはとてもとても面白いもので、そうはいっても「とんでもなく集団(=会社)のカラーとちがうニンゲン」というものが一定の割合存在するのが常である。弊社の弊部署は‘‘どちらかというと”そういうニンゲンの集まりで、マネージャー(=部長)を筆頭に係長・中堅社員・年の近い先輩・お局、各々が「うっす!自分たち!効率の良い仕事の仕組みを構築&監査して!金稼ぐぜ!おとなしくいつも同じような仕事の仕方にこだわってPDCA回さねえやつはクソ!!!!」と強めの姿勢で業務にあたっている。日々の自部署の業務をこなしながら、全社に向けて業務改善につぐ業務改善の企画・告示・指導・監査。それらをこなすみなさんはとんでもなくバイタリティーがあって、すごいいろいろなことを知っていて、たぶん「どこでもやっていけそう」な感じのあきらかに有能な方々だ。でもでもしかし、ここで聡いはてなの皆さんなら察してくれそうであるが、弊私が配属された弊部署は、有能だけどそのあまりのカラーの違いから、正直社内での風当たりがあーーーーーーーーーん(泣)なことになっている部署なのである。

 

そんなあーーーん(泣)な弊部署の皆様が、口をそろえて「あいつはやばい」と称賛を送るお人がいる。

 

そのお人は、わたしのデスクからみえる、真向いの島、弊社花形の主力商品を売って売って売りまくる営業部署のえらーい席に悠然と座っている。

年は多分40代中ごろ。赤ら顔で、髪の毛がめっちゃちゃんとセットしてあって、いつも高そうなスーツに身を包み、なんかすっごい高そうなギラギラの腕時計をして、すっごいとんがったあの先っぽがめっちゃどんがってる上質な靴をはいてて、体格はわりと小柄なのだけど、毎朝毎朝フロアに燦然と響き渡る挨拶をして悠々とデスクについて、大抵午前中はひたすらビジネス誌を読んで、仲の良い他部署の部長や部下&後輩と雑談してて、午後になるとふらりとどこかに消えて戻ってこない、みたいなひと。

 

競争が大好きで、バツ1なんだけど今は元スチュワーデスの奥さんがいて、いつもあっっっっっっっと驚くような大口顧客との契約を「とってきたで~~~~~」と「吉野家行ってきたで~~~~」みたいなノリで薄暗いオフィースに大きな声で報告するその人をわたしは密かに「(まるで絵に描いたようにいろいろなものを獲得していて、能力が高く、競争心と欲望に忠実な精神がとんでもなく)マッチョなマネージャー」略してMMと呼んでいる。

 

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わたしとMMがはじめて遭遇したのは、入社して1週目に行われた社内研修の席だった。

この研修では、毎日毎日、自社の組織構造の説明という体で、各部署・部門のえら~い人たちが代わる代わる「ウチはこんな仕事してるぞ」、「会社員ってのはなア、ほんとに理不尽なんだぞ!俺が若い頃はなア・・・」とお話をし、わたしたちはそれをただひたすらに聞く、ということをしていた。

えら~い人たちは「なんか人事部から新入社員に向けて話をしてくださいとか言われたけどぶっちゃけそんな話すことないわ~ど~しよ」という顔をしていたし、わたしたち新入社員は「いや~仕事内容に関してはNots Dominoに書いてあったし、正直苦労話とか今聞いても萎えるからやめてくれよ・・・・」という顔をしてしまっていて、だから正直、なんだかなあみたいな空気が研修室にはずっと蔓延してて、ここにいる人全員が「どうにかならないもんかなア」と思ってて研修室はイヤーな空気がずっと漂っていた。

 

だから、中日の水曜日のお昼休み明けに「おお!!!!!お前ら!!!!!なんかめっちゃ疲れとるな!!!!!!!!!!!」というはつらつとした声と共に研修室にMMが入って来た時、こう表現するのは適当であるのかわからないけど、MMは「誰が見てもなにかしらの魅力を持っていそうだなと思わせるオーラ」を漂わせているように見えたのだった。

 

 

 

 

PC機器の扱いが苦手なえらいひとが多い中、手早く自身のiPhoneをプロジェクターとスピーカーにつなげたMMは、お供の部下に部屋の電気を消すように指示し、なんと何も言わずにいきなり、ジャカジャカと音楽を流し始めた。

しばらくして、部屋前方のスクリーンに、白い文字が浮かび上がる。それがジャカジャカ流れてる音楽の歌詞であると気づくのに、すこしだけ時間がかかった。

 

back numberだ・・・・・・

 

新入社員の誰からともなく、さざ波のように言葉が漏れて、そのさざ波が広がっていって、そうなんだ今流れてるのはあのほら、10代に大人気のバンド(年末ちらっとみたMステ情報)のなんか曲なのか、と合点した。

 

曲が終わって電気がつけられて、意味深にしばらく溜めたあと、MMは少し真面目な表情で、わたしの隣の席に座っていた営業職の男の子に話しかけた。

 

「君、俺がなんで今この曲をかけたと思う?」

 

男の子はしばらくあっけにとられた顔をした後、「わからないです」と答えた。わたしもわからないです、とおもっていると、MMはしたりといった表情になって、言った。

 

「特に理由はない!上の娘からback number教えてもらってな、好きで聞きたかったからや!」

 

MMの横で苦笑いをするお供の部下の顔とご機嫌そうなMMの表情を交互にみて、わたしのけだるげな眠気と室内の重苦しい空気が一気にふっとんでいったのを感じた。

 

 

 

 

 

 

MMの研修はとても型破りだった。

 

「おまえら正直この研修ダルイやろ?俺もぶっちゃけ眠いねん。水曜やし昼明けやし。それにどうせ配属された先で各々先輩なり上司なりに自分の業務について教えてもらうだろうから、うん、新人の内は組織がどうこうなってるかを理解することより、テキトーに先輩の話を聞いて言われた仕事をちゃんとやってればええんや。だからな、俺は今回テキトーに話しするから、メモとか取らんでええよ。」

 

声は通るけど穏やかな表情で、ぶっちゃけた話をする語り口は一瞬、「気さくでフランクな良いおじさん」という風に見受けられたけど、メモとか取らんでええよ、の語調がやや強い気がして、わたしはすっとメモをカバンの中にしまった。たぶんこの人は、自分より立場が低いニンゲンが自分の言ったとおりにならないと機嫌が悪くなりそうなニンゲンっぽいなあとおもったからだ。

 

「まあ、そうはいっても、後ろに人事部の方おるし、最初は簡単に俺の自己紹介だけさせてほしいわ」

 

細い目がじろり、とわたしたちの後ろに座ってる人事部チーフをとらえて、わたしはその目の鋭さにうっとなってしまったけど、すぐさまMMはこちらに背を向けてホワイトボードに終わりかけの水性ペンで大きく文字を書きなぐっていったので、少しほっとした。

 

書きなぐった大きな文字というのはMMのフルネームで、振り返ったMMは簡潔にフルネームと担当自部署名とその説明を行い、最後はまあそんなわけでこれからよろしくな、と〆た。口から流れるように言葉が出てくる様子に「すっ、すげーーーーーーーー」となっていると、また間髪言わずにMMは部下に声をかけた。

 

声をかけられた部下はそそくさと私たちに白いA4の紙を配り、その横でMMはホワイトボードに何桁かの数字を書きなぐっていく。

 

「一体何の数字なのだろう」

室内にいるニンゲン全員がおそらくそう考えていた。アオキか青山で大量生産されたリクルートスーツに身を包んだわたしたちひよっこは、皆一様に不思議そうな顔をして、じっとMMを見つめていた。室内は完全に「MM劇場」が出来上がっていて、わたしは不思議そうな表情をしながら、なんだか本当にこの人は怖い人だな、とびくびくしていた。


「この数字な、何かわかるか?」 











つづく 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさかと人生

2017年3月3日正午前、弊大学の卒業確定者の告示がインターネッツの片隅にて行われた。

 

告示ページには、8桁の学籍番号だけがつらつらと表示されていた。番号順で。個人情報保護のためである。

 

先日の入社前研修から帰宅後、サイズオーバーで垢抜けないスーツを脱いで速攻、風呂にも入らず眠り込んでいた。痒い頭をポリポリと搔きながら、スマホを起動し、告示ページを開き、さっさと私は自分の学籍番号を数字の列から見つけ出す。「まーじで4月から働きたくないんですけど」などと思いながら、雨戸をあけもせずに二度寝をした。

 

二度寝をして、しばらくたったころである。

枕元でLINE通知が鳴り、目が覚めた。

 

「○○の番号なかったんだけど大丈夫かな」

 

友人からだった。共通の友人(○○)の番号が見当たらないという。

そんなまさかなことがあるんかいなと思い、その子の学籍番号を調べ、もう一度告示ページに飛ぶ。番号を探す、探す、もう一回探す。ない、ないのである。番号はなかった。

 

LINEをしてきた友人が続ける。

 

「○○、会社の宿泊研修で缶詰だからLINE既読つかない。だからこのこと知らないと思う」

 

そんなと思い、以前控えていた携帯電話のほうの番号に電話をかける。つながらない。留守電にも接続されなかった。

 

連絡してきた友人に、その子の幼稚園の頃からの友人である知り合いにあたって実家の電話番号を調べて連絡するようにお願いをする。

 

慌てて、弊大学在学生用サイトの履修要綱ページに飛んだ。卒業不可学生への救済措置等はないのか調べる。ひとつそれらしきものを見つける。本年度の履修申請時にある特定の条件をみたしていた学生にのみ、科目の再試験を実施できるという。

措置を受けるため申請方法を見ると、本日15:30までに大学の所定窓口にて受け付けるとある。後日該当学生本人が申請を行うという条件付きで代理申請も可能。しかし所定の日程以外の申請は不可という文字に頭が真っ白になる。スマホの時計は午後14時を回っていた。

 

フケ塗れのぼさぼさ髪のまま、しょぼくれた黒のダッフルコートを着て外に出る。

とんでもないことになってしまった、と思った。その子がはたしてその条件に該当する生徒なのかは定かではない。しかしでももうそんなことは言っていられなくて、このままほっておくと確実に卒業不可だし、もし特定条件に該当してなくて再試験が受けられなくても不可だし、いやもうどうあがいても15:30までに学校に行ってみないと不可じゃん!本当にやばい!やばかった。

 

電車に飛び乗ってからも頭が真っ白だった。

実家・その子の母親に連絡を取ろうとしてくれていた友人からLINEがくる。

「番号はわかったけどどっちもつながらないし、留守電にもならない」

 

友人に救済措置制度の説明をして、今自分が大学へ向かっていること・窓口で直にその子が条件に該当するのか問い合わせ、該当するならその場で自分が代理人申請を行うことを伝えた。

 

1時間ほどで大学に到着した。

学内説明会に参加するリクルートスーツたちを尻目に、やばいやばいと学内に駆け込み、窓口のチャイムをならす。

奥からカピバラみたいな顔の若いにいさんが出てきて、これこれこういうわけで代理申請をお願いしますというと、にいさんはまた奥に引っ込んでいった。

 

しばらく引っ込んでいて、私はまだかまだかよって待っていて、でも来なくて、うううううううううううってなっているころにおにいさんはのそのそと戻ってきた。

 

そして私は、確認したんですが、その学生さんは制度対象の条件に該当していないですという旨、そして救済措置対象者には別個で連絡が来ているはずだという旨を聞いた。

私はしばらく黙り込んでしまって、そうですか、わかりました、連絡が来てるかどうかは知らないです、その子と連絡が取れなくてといって、窓口を立ち去った。

 

 

校門横、旧喫煙所横の自動販売機に引き寄せられるように歩み寄ってミニッツメイドを買う。近くのベンチに腰掛けようとして、足がもつれて、転びかけた。

 

ベンチに座って、ミニッツメイドを飲む。

ミニッツメイドはまじでおいしかったけど、もう本当にしんどい気持ちになった。

いろいろなことが、頭の中にあらわれたり、湧き上がったり、浮かび上がったり、立ち消えたり、ささやいてきたりした。

 

最初に浮かんだのはその子の顔だった。

それから徐々にその子の顔の後ろに背景が浮かんできて、その背景というのは弊大学の銀杏並木だった。秋だ。秋のある日にその子とした会話を思い出したのだ。

 

「卒論やめようと思うんだよね」

「えーまじか、なんで?」

「しんどいし」

「まあしんどいけどねえ。書かなくても卒業はできるけど、君のところの教授さ、卒論書きやがれカス!書かねえやつは大学の屑!って煽ってくる感じの教授じゃん。卒論かかないとゼミの単位とかやばくなるんじゃないの?」

「ん、だからゼミ論にするよ」

「あーなるほどその手があったか~~」

「でも会社の研修と部活と入社前までに自動車免許取らなきゃいけなくて、全然ゼミ行けてない」

「まじか」

 

 

 

その子と銀杏並木は徐々に頭から立ち消えて行く。

次に浮かんだのは、大教室にひしめくいくつもの目、目、目だった。

私は壇上にいて、卒業論文の発表準備をしていた。

私は公の場で発表や発言をする際、かなりの確率で緘黙をしてしまう。なので事前に家で何度も何度も練習をして、もう寿限無をそらんじるように発言内容を一字一句を暗記して、発表に臨んでいた。

 

壇上で一人、腕時計に目を落とす。タイムキーパーの学生の方を見る。苦笑いが帰ってきた。私も苦笑いを返した。なんと、私の担当教授が遅刻していて発表を始めることができないのだ。

壇上から上手側の席を見る。不機嫌な顔をした発表評価担当の教授が座っている。

 

数分遅れて教授はやって来て、発表は行われた。

緘黙することなく発表を行った。質疑応答の時間になる。評価担当教授が手を挙げた。私の実験方法の不適切な点を淡々と述べ、具体的な代替案をどや顔で言われる。

私は思わず担当教授を見た。

教授はそっぽをむいている。

代替案というのは、以前私が提案していた方法だった。でもそれを担当教授に反対され、私はそれを「納得させるのが面倒くさかった」ので、研究方法を教授の指示通りに変えたのである。

それまでの学生たちはべた褒めだったのに、と頭が真っ白になる。

私はたくさんの目の前で、ひとり、ただ、緘黙をしていた。

 

 

ぞわぞわするような不快感は徐々に立ち消えた。

私の頭はまた別の風景を思い浮かべていた。

 

新宿の曇った空。どでかい自社ビルに私は意気揚々と駆け込んでいった。

四季報掲載の東証一部上場、某メーカーの最終面接である。

信じられない気持ちでいっぱいだった。給料がいい。本当に給料が良い。福利厚生もちゃんとしている。よかった。父、やったよ。母、やったよ。これならきっと知的障害のある弟を食わせて行けるし、私も自立した生活を送っていける。やった。父、やったよ。

 

エレベーターを上がって、豪華な応接室で交通費をもらう。

しばらく待って、でかい会議室の前に誘導される。

 

「ノックを3回して入ってくださいね」

 

綺麗な女性社員にささやかれて、私は会議室に入った。

怖そうで偉いんだろうなっておじさんが3人いた。

私はそこで父親の顔を思い出した。えらいおじさんになれずにアル中になり退職しアルバイトになり無職になりみじめに死んでいった父の顔を思い出した。

体中がこわばって、のどが鉄パイプのように固くなって、動かない。

 

そんな馬鹿な、あれだけ練習をしたのに私は緘黙をしてしまったのである。

 

 

 

 

 

気がついたら手元のミニッツメイドを飲み干していて、そんでもって頭に浮かぶよしなしごとは立ち消えていた。

ゴミ箱に缶を捨てて、立ち上がる。

 

帰りの電車に揺られながら、私は、人生というものが途方もなく、怖くて怖くて、たまらなくなった。

 

あの子の卒業不可も私の卒論の酷評・就活失敗も、また私の父の転落と死も、言ってしまえば、予兆を見逃した各個人による自業自得である。

 

あの子は卒論執筆を断念することも視野に入れてもっと余裕を持った履修計画を組むべきだったし、私は教授とバチバチになってでも自分がやろうと思った研究方法を通すべきだったし、就活をする前にカウンセリングなりなんなりに通って心の問題を解決するべきだったし、父が酒におぼれ始めた時に周囲は何が何でも止めればよかったのである。

 

物事にはすべて予兆がある。

私たちは考えることができる葦なのだから、常に将来を見通し、予兆を察知し、現状を的確に把握し、決断し、行動していくことができるはずだし、そうしてしかるべきなのだろう。当たり前だ。そんなのはわかっている。そしてそういうことができる人間だけが生き残っていくことができるのだろう。

 

だがしかし、世の中の人間がすべて、そんな簡単に、「考える葦」でいれるわけではないんじゃないだろうか。

 

わたしたちは多分、日常の中にたくさん紛れる予兆を気づかずにスルーしたり、あるいは気づいていても取りこぼすといったことを繰り返している。

 

こうありたい

こうであってほしい

めんどくさい

こわい

しりたくない

 

そういったいくつもの感情が、私たちを簡単に「考える葦」から「愚かな動物」に変えてしまって、そうして、たぶんそこから。たくさんの不幸や理不尽や悲しみや憎しみが生まれているのだろう。

 

人生には沢山のまさかがある。

まさか、は怖い。だって急にくるし、乗り越えるのは大変だし。

でも何よりも、まさかが発してくれた予兆を見す見すしてしまうであろう自分が怖い。

 

人生というものはただでさえ不確定で、果てがみえなくて、理不尽で、道しるべがなくて、混とんとしているのに、私たちが知る以上にたくさんのまさかがある。

 

そんなことに気がついてしまって、怖くて怖くて、途方に暮れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二子新地駅徒歩13分築19年2K家賃8万2階建てアパートの一室で金曜夜22時に飲みほすちょっとぬるいアサヒスーパードライ500mlの味

いつか訪れてほしい、自分にとっての「幸福」の話をする。

 

その「幸福」というやつは、おそらく凡庸で垢抜けなくてすり減っていくだけの暮らしの中にある。

私は社会人5年目で、そんなに仕事が「デキる」わけではなくて、得意先への応対はだいぶマシにできるようになってきたけど、まだ業界とか商材の知識は完璧なわけでもなくて、でもそろそろ「労働市場における自分の価値の低さ」に焦りを覚え始めていて、「なんか資格とらなきゃなーーーーー」なんて思いながら毎日田園都市線に揺られながら1時間かけて出勤して、働いて、月に20~40時間くらいは残業をして、疲れたなーーーってなって帰宅するっていう暮らしをずっと送っている。

 

残業時間の長さにもよるけど、月の手取りは15万からよくて17万くらい。そこから携帯代1万引いて家賃代の4万引くと残り10万~12万くらい。そのお金をどうにかやりくりしてごまかしごまかし月初から給料日までをしのいでいる。

 

1Kなら会社から半額家賃補助がでてハッピーハッピーなのに、なんで2Kのアパートに住むのかというと、なんと、一緒に暮らす人がいるからである。なんと、それは、今お付き合いをしている人である。

冒頭の「いつか訪れてほしい」というふんわりワードにたがわぬふんわりドリーマー脳であることは重々わかっているが、これは「わたしのかんがえたさいきょうのゆめ」の話だからきにしない。し、続けます。

 

話を戻す。

 

なんせ私はわりとしょっぱめの給料しか稼げないので、生活はまあまあキツキツだ。

水道光熱費8000円と日用品などの雑費3000円インターネット利用代5000円は二人で折半。食事はできるだけ自炊にしようねといいつつもなかなか作れてはいない。朝は問答無用で日曜日にまとめて炊いて保管しておいた冷凍ご飯をチンして納豆ご飯にして食べて、昼は気力で毎日会社におにぎりを作ってもっていくけど、夜はスーパーの総菜に頼る日々なので、なんだかんだ月3万くらいかかってしまう。

なので、毎月2万3000円の生活費を出しながら、「これ一人暮らしだったらどうなってたんだよコエ―――――よ」と内心びくつき、仮に同居が解消されたら金銭面的におとなしく実家に出戻るしかないなあなんてことを、26歳の私はいつもいつも考えている。

 

残りの7万も消えるのはあっけない。

まずそのうちの3万はいざという時の出費に備えて貯金に回す。すると残りは4万円。

付き合いで3000~5000円の食事や飲み会に2・3回顔を出す。すると残りは2万円。

 

 

その2万円はたいてい毎月

①化粧品一点(~3000円)買い足し

②そのシーズンの服を一着買う(~7000円)

③美容院で髪をカットする(~5000円)

④ちょっとおいしいごはん(~5000円)を彼と食べに行く

 

くらいしたら簡単になくなってしまう。

 

ふとした時に開くSNSでは、就活で上手いこといった同級生の余裕に溢れたゴリゴリの可分所得エリートたちによる華々しい圧倒的貴族な生活であふれていて、馴染みのない高級店のディナーだとか、すんげーファビュラスなアクセサリーつけてお洋服をきこなす垢抜けた笑顔だとか、有給で行った海外旅行の写真が回転ずしみたいに流れては消えて、また流れてくる。

 

「これが圧倒的上級国民・・・・・・経済を回す側の人間たち・・・・っ!!!」

 

キラキラ輝く圧倒的貴族の方々は、圧倒的財力によって「大人をきちんと履修」していて、外食と言えば餃子の王将、アクセサリーは7年前に友達から誕生日にもらったマリクワのネックレス一択、服はセールで買ったVIS、旅行は数年に一回国内2泊3日のにんげんである私は「園庭ですずらん組のみんなが軽々とうんていをこなすのに、自分一人だけできずにただ立たずむしかなかった幼稚園のおひるやすみ」よろしく毎度途方にくれてしょんぼりしてしまう。

 

 

 

そんなある月の第四金曜日、月末で忙しくいつもより遅めに帰宅。速攻ジャージに着替えて化粧を落とし、ご飯食べようかなーって買ってきたSEIYUのおつとめ品の酢豚のタッパを開けようとするけどなんかだるくて、無印良品で買ったベットでゴロゴロしながらスマホいじってSNSのぞいたら気持ちがしょんぼりしてきて、えーーーんとなってたら、タイミングよく彼が帰ってくる。(何度も言いますがこれは私の「ゆめのはなし」です)

 

おかえりーつかれたねえってお互い言って、そしたら彼の手にレジ袋が下がってるのが見えて、「LINEみた?酢豚かってきたよ。ご飯まだチンしてないごめん、ご飯食べよう、おなかすいてる?」っていうと、「おなかすいた」って返ってきて、そっかーって言うと、「ビール買ってきたよ」って袋からサッポロの500ml缶とアサヒスーパードライ500ml缶を出される。

 

「わーーーーーーーーーーい」って私は喜んで、アサヒスーパードライを手に取って、彼のお気に入りのかわいい15オンスタンブラーに注いで、でも私は注ぐのが苦手で泡まみれになって全部を注ぎきることができなくて、しょうがないなーという顔をされて、バツの悪さを感じながら、ビールを飲む。

 

駅前のSEIYUから家まで歩いてくる間にビールはすこしぬるくなってて、ぬるいねーといいながら、なんだかんだいっておいしいなあと思いながら、ビールを飲む。

 

多分私は、それでも生きていていいんだなあって思いながらビール飲んで、飲み干して、「あー多分これが私にとっての幸福なんだろうなーーー」って思いながら、にこにこする。

 

 

大人になりきれなくて、向上心も能力もさほどなくて、お金を稼げる側の人間ではなくて、何者でもない私にとって、それがいつか訪れてほしい、「私にとっての幸福」である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(三行まとめ)

とりあえず

新社会人になったら

仕事と納税と貯金を頑張りたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心理学部卒の就職最前線②お気持ちよりも金を産め

 

前回からだいぶ間が空いてしまいました。

 

ttt414141.hatenablog.com

 

学部1年生は大学に慣れ

2年生は「え~~~~~成人式の振袖どうしよ~~」と悩み出し

 

そして3年生の一部の人たち(外資系企業やテレビ業界など選考の早い企業志望の人)は就職活動を始めたころと思います。

 

前回の記事のときは私も就活の真っ只中で、ちょっと気が狂っていたこともあって異様にテンション高い感じの文章になってしまってますね。すごい読みにくい。

先日ついに就職先(中小商社)が決まったこともあって。今、まあ、ある程度は腹をくくっているので。たんたんと書いていきたいと思います。たんたんとね。

 

今回は心理学がもつ「価値」ってなんなの?ってことと、

企業は心理学に何を求めてるの?ってことの2点に関する私なりに考えた意見を述べてこうと思います。

 

心理学部3年次のみんな、これ読んだらリクナビマイナビに登録するんだゾ☆

 

 

心理学は金にならない

この見出しは半分あっていて、半分間違っています。

というのも、

心理学というのは「何かほかの分野の知識と掛け合わせて初めて、莫大な価値を持つ学問」であるからです。

なんのこっちゃ?とおもったボーイズ&ガールズのために、説明をいたします。

 

例えば、心理学の大活躍領域に「臨床現場でのカウンセリング」があります。

主に病院・クリニックなどの医療施設において、心理学を学んだ臨床心理士精神疾患の患者さんに対して話を聞く、あるいは治療を試みる。世間一般の人が想像するのはそんな姿だと思いますし、その姿は大方あっていると思います。

 

しかしながら、通院をしている一般的な精神疾患の患者さんが「カウンセリング」のみで寛解を試みるというのは非常に、非常にまれなケースです。大抵の方はなにかしらの「薬事療法」も同時に受けていらっしゃいます。

これは当たり前のことなんですが、精神のほとんどの機能(思考する・推論する・喜怒哀楽などの感情等々)って頭、脳に内蔵されています。

んで、脳の中にあるこれらの機能が上手く働いていないってのが精神疾患の要因の一つです。じゃあそれをどうすんのっていったら、その機能が上手くまわるように働きかける薬を投入するゾってのが、狐憑きも狼男も信じなくなった科学世紀21のJAPANが行ってる方針なのです。

 

と、いうことなのですがしかし、ここでポイントとなってくるのが「精神疾患の患者の治療には薬品が必要」という点です。

というのも、臨床心理士には薬物を「処方」する資格はありません。

じゃあ、誰が「処方」をするのか―精神科医です。

 

もうお判りでしょうか。

心理学がもっとも価値を持ち、必要とされる「臨床カウンセリング」の分野においても、心理士は「医学の力=薬の力」を借りないと患者を治療し、寛解させることができないのです。

 

医学×心理学という異なる分野の知識が合わさってはじめて、一人の精神疾患の患者さんが寛解できるかもしれないという可能性が、つまり社会的な価値・意義が生まれるのです。

 

ちなみに、カウンセリング場面の他の例として「学校現場におけるスクールカウンセリング」というのもあります。ここでは、学校に月数回の非常勤(まれに常勤)をするスクールカウンセラー(臨床心理士免許取得)が生徒を相手にカウンセリングを行う場です。

この場で薬等が処方させることはない(処方されるような重い子だったら外部の治療できる施設に取り次ぐ)のですが、

それでも学校の先生との連携を図る必要はあります。(教育(学)×心理学)

なぜなら、該当生徒がおかれている対人環境を正しく把握・査定するときには「生徒のクラスの担任」からの聞き取りが不可欠ですし、よりきめ細やかで継続的な心理的な支援をしようと考えれば、「月に数回しか来れないカウンセラー」より「身近な先生」が動いた方がいいのは明白だからです。

 

 

 

長くなりましたが、つまるところ、心理学というのは、心理学以外の学問と掛け合わせるてはじめて大きな価値・意義を産む学問だという事です。

この法則は上記のような「病院内での世界」にとどまらず私たちの生活のすぐそばでも使われています。

 

経済学×心理学で超ヒット商品を産むためのマーケティングをする、だとか

経営学×心理学で全社員が心酔するようなカリスマ社長になる、だとか

スポーツ×心理学で歴代最高の記録を打ち立てる、とか

工学×心理学でどんなひとにも好感をもたれるデザインの製品をつくる

だとか

 

きりないです。んで、ここですっげーーーー心理学部生にとって激ツラな事実が浮かび上がってきます。

 

「経済学とか諸学問を極めた人が、後から心理学学んで、それを既存の経済学等の知識とドッキングさせた方がパフォーマンスよくない?????」

 

そうなんですよ。

例えば、すっごい大企業とかだったら、「めっちゃ売れる新商品作りたい」と思ったとして、経済学の権威と心理学の権威二人連れて来て、金払って「よろしく頼みますでおま」ってゴマすると思います。

が、それがフッツーのそこら辺の企業だったら、経済学がそこそこできる別に権威ではない人に土下座して、「お願いします、アッ、心理学の勉強もしといてください、手当はだしますゥ」ってなると思うんですよね。

だってそうすれば、人は一人で済むし、いろいろな面で圧倒的にコスパがいでしょ。

 

どんな企業だって、お金儲けがしたい。そしてお金儲けに必要なのが徹底的なコストカットとコストパフォーマンスの向上です。あれ、じゃあわたしたちって、わたしたちって・・・・・・

え??????????

 

あれれ?????心理学部生のみんなーーーーー息してる??????

 

 

それでもあなたは私がほしいの?

息してますか皆さん。私は書いていて内臓が痛くなってきました。

そんなこんなですが、かといって、心理学部卒の我らの就活に全くの希望がないというわけではありません。

新卒採用をする企業っていうのはようは「金を産む(できたら優秀な)人材」がほしくて採用活動を行っています。

だから、それでも心理学部生は「金を産める」ことをアピールできればいいのです。

傾聴が出来なくても、DSM-5を知らなくても、「金を産める」ことが示せれば、あららびっくり大企業に入って安定&ゲットマネーライフだって夢じゃありません。

 

「ゲットマネーするために心理学部に来たんじゃない」ってほとんどの学部生は憤るでしょうが、ほら、うちらってさ、ここまでさ、大学生するのにさ、いくらかかったと思ってるん?ほら・・・・はは・・・・・言ってみ?な?言ってみよ?な、ゲットマネーして自分の生活のケツは自分で拭いて、親には孝行しようぜ、ってことで続けます。

 

私が思う心理学部の「金産むアピールポイントは二つ」

 

企業がほしがる心理学の知識①統計

学部に入って最初に皆さん思ったはず。

「えっ???????心理学部って統計やるの????????」って

 

心理統計は諸々の知能検査、あるいは心理尺度の回答結果を分析・考察するために非常にマストな分野です。

 

心理学部じゃない人とか、これから心理学考えているひとに雑に説明すると、

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こういう心理テスト的なのあるでしょ。これが心理尺度っていいます。

これは質問考えた人が、例えばこの場合は「ユニークな人ってこんなかんじかなー」って考えてつくってるんですけど、

ただ考えているだけじゃなくて、(それだと少女漫画雑誌の後ろの方の「心理占い」と同レベルになってしまう)

この質問をつくった後、めっちゃたくさんの人に解答してもらってその結果を統計学的にうまいこと(以下略)分析して、はじめて「この質問でユニークな人がどうかがわかる!」って裏とってから世に出してるんですよね。

え、ユニークかどうか知ってどうなるの?って感じですが、尺度にはいろいろなバリエーションがあって、「対人不安」とか「意思決定の傾向」についてを調べる尺度があったりします。

 

finnegans-tavern.com

 

意思決定の傾向はこっち

ci.nii.ac.jp

 

モノによってはめちゃめちゃ有益だし有名だし、ぜっったい一回くらいはみなさん何かしらの心理尺度に回答しているとおもいます。

 

その「上手いこと分析」のために使われるのが心理統計だったりします。

まあそれだけじゃなくて、その、他にもいろいろ使われるんですが、学部生はだいたい尺度分析のためだけの統計に4年間をささげます。

心理統計やってない大学の心理学部ってあるのかな、ってくらい心理統計は超ベリベリマストそんな学問です。

 

 

よくわかる心理統計 (やわらかアカデミズム・わかるシリーズ)

よくわかる心理統計 (やわらかアカデミズム・わかるシリーズ)

 

 ↑お世話になっております・・・・・・

 

じゃあ、この学問がどんな企業で金になるのかというと

帝〇データバンクとかの信用調査会社、あるいは、新卒中途問わず人材採用時の適正テストの有名どころ、玉手箱とかつくってる日本エスえいほにゃららとかです。

 

前者は顧客である企業の分析や査定に、後者はもうあのテスト自体つくるのに心理統計の知識をまるまる応用できます。

 

しかしちなみに、「人の心が好き~~~多くの人のお気持ちを傾聴したいなあ~~~」みたいなマインドの人がここを受けると双方不利益を伴った地獄絵図が発生するのでお気をつけあそばせな。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと話が長くなりそうなので、また次回。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麻婆茄子つくった

実家暮らし21歳、初めて麻婆茄子をつくった。

 

 

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泊まった友達の家でこれが出てきたら「あっ、こいつのお母さん、料理別にそんなに上手じゃないな」と察しつつも、でも普通にそこまで抵抗もなく食べれてしまうレベルの、可もなく不可もない感じの出来栄えだ。

パッと見、なんでこんなに見た目がビミョーなのかなあと思ったけど、たぶん具材の大きさをバラバラに切ってしまったからだろう。不揃いな感じがいかにも「慣れてない感」を絶妙に演出している。

 

ちなみにおとなしくクックドゥを使ったので、味つけに関しては全く問題がなかった。

でも、この麻婆茄子、すごく致命的な欠点を抱えていて、それはなにかというと

 

 

ニンジンがもう、信じられないくらいめちゃめちゃかたい

 

 

尋常じゃないくらいかたい。え?????????生???????????

ってくらいかたい。咀嚼するときガリゴリ鳴るんじゃないかってくらいかたい。

 

でも、私としては、懸命に箱の裏の調理手順にそってつくったつもりである。

調理手順は以下の通りだ。

 

①茄子(中サイズ3本程度350g)を縦に6~8等分する。ニンジン(4分の1本)は短冊切り、ピーマン(中3個)は縦に6等分に切る。

②熱したフライパンに油を大さじ3杯入れ、茄子に焼き目がつくまで炒める。焼き目がついたら、ニンジン・ピーマンを入れ、野菜に色がついたらフライパンから炒めた野菜をあげる。(この行程は中火~弱火で行うこと)

③あげたフライパンにひき肉を投入する。火が通ったら、一旦火を止め、素を加えて再度火をつける。そのあとすぐに野菜類を投入して手早く炒める。(この行程は中火で行うこと)

④完成

 

なんで手順にしたがったのにこんなことになってしまったんだと思ったけど、考えていくうちに、自分が調理の際に陥ったとあるポイントに気がついた。

 

 

料理を作る際に必要なのは「共通言語の習得」である

調理をしていく際、正直、パニックに陥るシーンが何度かあった。


そのひとつが、冒頭の具材を切るシーンである。

 

 

例えば茄子。

 

縦に6~8等分切るとしか書いていなかったけど、さすがに私でも「等分にする前にヘタを切らなきゃいけない」ということはわかっている。

 

でも問題はそのヘタの切り方である。

 

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「ヘタを切るということ」は知っているのだが、「ヘタを切るということが具体的に茄子の端からどのくらいを切り落とすことなのか」ということがよくわからない。

 

茎につながっていた部分はもちろん食べれないし、元「ガク」?であったヘタ部分も食べれないことはもちろんわかっている。じゃあ図で示したように、くるん矢印で示したところを切ってしまうのも、可食部を多く捨ててしまうような気がする。

かといって、ヘタが茄子の実からどれだけはがれやすいのかもよくわからないので、直線矢印で切って全然ヘタが実からはがれなかったらどうしようと思ってしまう。

 

結局、二つの矢印の間位を切って、母親に「もっと茎に近いところで切れるよ」と言われてしまった。

 

 

 

パニックになったもうひとつが、野菜を炒めるシーンである。

 

 

「茄子に焼き目がつくまで炒める」

 

これの意味が全く分からなかった。

「焼き目」と言ってもいろいろある。

切った茄子の縁がほんのりシナッてして色が変わるらいなのか、茄子の切り口全体がこんがり色づくくらいなのか、全く分からない。


じゃあ普段の麻婆茄子を思い出せと言われても、普段食べる時に麻婆茄子の見た目に特に意識を注いでいないので、いまいちピンとこない。だから、わりと、混乱した。



しかし茄子はまだ良かった。



問題はニンジンとピーマンである。


「野菜に色がつくまで炒める」



色がつくまで????????????

わけがわからない。

そもそも、すでに野菜に色はついている。

綺麗なオレンジと綺麗な緑色だ。


それがさらに色づくとはどういうことなの?

???????焦げ目がつく、焼き目がつくとは、また違うの??????なんなの????????わけがわからない?????????????


そんな感じで頭にハテナを浮かべた結果、私は結果的に野菜を早くフライパンからあげてしまい、激カタにんじん麻婆茄子を錬成してしまったのである。









思えばこれまで、料理において、似たような体験はいくつもしてきた。


照りが出るまで煮詰めるの「照り」がよくわからなかったり、

根菜・葉物・肉を雑多に入れた炒め物の「全体に火が通ったら」がよくわからなかったり、

「水気がなくなってきたら」がわからなかったり


思うに、料理にまつわる語句たちは日本語なのだけど、私にはそれらが日本語じゃないみたいに感じることがある。


そういった時、私は、とんでもなく、置いてけぼりをくらった気がして、そんでもってとてつもなく恥ずかしくなったりする。


特に、他の人がスイスイと料理をこなしている姿を見ると、余計にその恥ずかしさが増して、増した結果、居た堪れなくなる。自分自身が、居た堪れなくなるのだ。


みんな、あのよくわからない説明や語句て理解してちゃんと作れているのに、私だけ理解できずに作れないなんて、ちょっと、ヤバイんじゃないだろうか。そんな考えで頭の中がいっぱいになって、うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーとなってしまって。なってしまうので、私はできるだけ料理をすることを避けている。



いや、料理だけではない。他にも、そういった「共通言語を理解できないから」という理由で避けていること、逃げてきたことはたくさんある。


カラオケ

クラスの打ち上げ

チームスポーツ競技全般

恋バナ

集団行動

その場にいない誰かの陰口大会

そんなに親しくない人との飲み会

同窓会



たくさんたくさんある。


どれもその場での適切な振る舞いだとか、その場でやりとりされる曖昧な言語をきちんと聞きとって、理解して、っていう、そういうことが、私はあんまりできない。



歳をとるにつれて、そういう理解できない自分を取り繕うための小手先の方法ばかり頭に詰め込んで、誤魔化すのだけ、取り繕うのだけがうまくなってしまった。


好かれるためのコミュニケーション方法

人の心をつかむ話し方50

あなたを幸せに導く引き寄せの法則


そんな感じの自己啓発もどきみたいなコミュニケーション本に依存して、読みふけって、それで本当は出来てないのに、私はみんなの共通言語を理解して、マスターした気になって、使いこなせてるふりをして日々をやり過ごしている。




誰でも美味しく麻婆茄子を作るためのクックドゥーは市販されてるけども、

誰からも好かれるLINEを返すためのテンプレートツールは残念ながらまだ発売されていない。



時代の進歩とテクノロジーの進化を祈りながら、そのうち自分の人生をオートモードで過ごせないもんかなあ、なんて、そんなアホみたいなことを考える、夏である。