斎藤はどこへ行った

ベリベリエモーショナルOL2年目(元大衆大学へっぽこ心理学部生)

自由律俳句

地下フロアを抜け出し、トイレの一室に駆け込んで、うずくまって床を見つめていた。明度の低い白熱灯で照らされた床に数本の陰毛と、陰毛のような毛質の長い長い髪の毛が一本、落ちている。

指の先から肘までの長さのそれを端から端まで目で追って、また床を見つめる。そうしたら、どうやら、くすんだリノリウムの床に何か、何かの液体が、てんてんてん、と垂れている、ということに気がついた。
営業達がいちいちめんどくさいからと施錠をしない、地下駐車場のセキュリティドアから良く侵入してくる、外部の変質者がまた撒き散らした尿だろうか。しばらく凝視して、そこでやっと、それがどうやら、ポツリ、ポツリと今、まさにこの瞬間にどこかから垂れ落ちている液体であることを認識する。あ、これってもしかしてと思い、膝を抱えていた腕を解き、手でぎこちなくアゴのあたりに触れた。幾分か濡れた感触があって、あ、私は泣いているのだなと初めてそこで合点した。

また腕で膝を抱え直し、しばらくそうしてじっとしていたが、そうしていれば何かがどうなるわけでもないので、立ち上がり、冷房が辛いからと羽織った作業着の袖で顔を拭った。
個室を出て、目前にある洗面所で手を洗っていると、前に貼られた鏡ごしに、地下駐車場の入り口から戻ってきた、隣の課の営業と目があう。
各フロアの両端にあるトイレは、いずれも男女並んで設置されていて、なおかつ、出入り口に近い方がかならず女子トイレで、遠い方が必ず男子トイレだった。どこのフロアも、同一だった。
私たちはトイレへ向かう時、鏡ごしに男性社員と目があったことは一度もないが、その逆は日常茶飯事である。
一瞬あった目をそらし、そうしていると営業はどこかに消えるので、鏡ごしに若い女と対峙する。血色の悪い顔色に、締まりのない口元。苦笑いをしようとしたが、顔の表面がうまく動かなかったので、仕方なく手短に手洗いを済ませ、ドライタオルで手を乾かした。

シロツメクサの墓

JR奈良駅徒歩6分のビジネスホテルで、(おそらく)ローカルの経済番組を見た。


市場の縮小から経営不振に苦しむ老舗企業を立て直した若き社長。社長は自社だけではなく市場全体のことを考え、現在自身の持つノウハウを活用した他社へのコンサル事業や、製品の共同開発にも力を注いでるという。

キー局の経済番組とおんなじような、落ち着いた色彩の、しかし幾ばくか簡素な造りのセット。いかにも秘書の女の人が着ていそうな、白い変な形の襟のスーツを着た女性アナウンサーと、なんかもっともらしいことを言いそうな眉毛が太く恰幅のいいおじさんが座るテーブル、中央に謎の空間を挟み、向かいのテーブルには若い社長と合間合間で解説を喋るおそらくVTRの取材を担当したであろう若々しい男。それらがテレビの枠いっぱいに、窮屈そうに収まっていた。

VTRと若々しい男がフリップを出してなにやら解説するのと社長の今後の展望を述べるコーナーが終わり、そろそろ番組が終わろうかという場面になって、眉毛の太いおじさんが「私がこれから総括をします」という神妙な面持ちで、ゆっくりと話を始めた。

「かわっていくということは、改革をするということは、必ずしも破壊をするということではないんですよね」

「何かを変えない人はそれに価値があると思っているから変えないのであって、でもその信じている価値がビジネスの世界では必ずしも「価値」であるとも限らないわけで」

「だから若社長さんのように、おんなじような立場で改革をして、現に成功をしている人しか言えない言葉、伝えることができる言葉というのはあると思う」

たしかこのようなことをおじさんは言っていたと思う。

かわっていくこと、という言葉が頭に引っかかって、テレビを消して、部屋を出て、エレベーターでフロントまで降りて、チェックアウトをしてからも、若社長の顔の輪郭や女性アナウンサーの変な襟の形は次第におぼろげになってなっていくというのに、その言葉だけがやけに頭に残っていた。




○○○○○○





奈良に向かう数日前に、ツイッターのタイムラインであるツイートを見かけた。



原文をママ引用すると、
『久々に会った親友が彼氏とのセックスと同僚の愚痴しか話さなくなっていて気持ちがだいぶやられてしまった、女子校の頃みたいに好きな魚とか米とか変なおじさんの話をしてくれよ、ねえ』。

これを見たのは、ちょうどヘボみたいな残業を終えて帰宅する電車の中で、華金からかあまり混雑していないいつもの路線の、最寄駅で改札に向かうホーム出口の近くに降りられるいつもの車両の、いつもとおんなじような席でそれを読んでいた私は、思い当たる節がありすぎて、げげげと顔を歪めるしかなかった。

例えば、先週大学時代の友達と行った大江戸温泉物語のサウナ室で、地下フロアの給湯室で、お昼を食べる地下フロアの休憩室で、コピー機の前で、地元の雑居ビルの地下にある鳥貴族で、駅前のデニーズのテーブル席で。いつどこで誰といようと私は、嫌いな先輩に暴言を吐いたことを武勇伝風に語り、女子社員のトイレの回数と時間を測ってくる既婚男性社員をディスる愚痴り、誰々は経営層の親族だとかいう噂話をし、軽蔑している上司が取締役の印鑑を勝手に使って稟議書を作成しそれを印鑑を『盗った』取締役本人に提出するという本当にあったおもしろ落語を披露し、会社の女子トイレには外部から侵入してくるスタメン3人の痴漢がよく出没するが、会社がなんの対策も講じないため『あそこはいける』という噂が立ちスタメンの数が増えたというすべらない話を提供した。それが最近の「わたし」だった。そういう、悲惨な限界集落で村から出ることもできず、やせた土地で田畑を耕し、たかが知れたわずかばかりの作物を収穫しながら、悲壮話や噂話をすることしかできない側の人間である自分に気が付いてしまって、顔を歪めた。虚しくなって、悔しくなって、しかし泣いたらいいのか怒ったらいいのかもわからず、途方に暮れながらげげげと顔を歪めたのだ。私は本当はもっと、化学の先生のおもしろモノマネとか、最近行った美術展の話とか、青い鳥文庫の若女将は小学生に最新刊が出た話とか、若女将は小学生の最新刊を図書館でずっと借りてる奴が誰なのかを推理してみた話とか、フィリピンでマングローブを植えていて気が付いたマングローブの根っこはまじで足に刺さると痛いという話とか、お遍路をしていて気が付いた、人間1日に楽しく歩ける距離12キロ説だとか、パンダのお尻って意外と汚いよねとか、そういう本当は誰も傷つけずバカにもせず恨みもせず、ウィットに富んだ、まあ話す相手が面白いと思ってくれるかは別としてもっと、そういう、そういうことしか話さない人間だったはずなのに。なのに、なのに、なんで、なんでこんなことになってしまったんだ。私は、わたしは、くそみたいな人間に変わってしまったの?

気が付いたら最寄駅についていて、改札を出ていた、出口を出て、二つ目の角を曲がるころには私の頭は愚かなので、ローソンで何味のチューハイを買おうかなという気持ちになっていたのだった。




○○○○○○○○○



二つ目の角を曲がった時にはもうどうでもよくなっていたはずのあの時の気持ちがいきなり蘇ってきたことに驚いてしまい、歩みを止めて、立ち止まる。

スマホで地図を見るふりをしていると、少し前を歩いていた恋人が、どうしたの、という顔でこちらを見てきた。

なんでもないという旨を口に出して、止めていた足をまた動かす。

奈良公園へ向かう、緩やかな坂を登る。
右手に淀んだ色のため池が見えた。岸辺に植えたばかりの柳の木が、鹿に食べられないように網で囲われて、暑い無風の空気の中で、だらんとこうべを垂れている。

左手にはこじんまりとしたお土産屋の商店が何軒も何軒も立ち並んでいた。
けれど、お昼時だというのに、ほぼ全ての店はシャッターが閉まっていて、開いているのは一軒しかない。バックパックを背負った外国人観光客や、軽装の観光客が、お土産屋の立ち並ぶ道を、唯一開いているお土産屋の店頭のおみやげに一瞥もせず通り過ぎていく。
真新しい白いシャッターと立派な習字で書かれた「〇〇屋」と書かれた看板が立ち並ぶ道を通りながら、私は、もう顔すらも思い出せない眉毛が太かったということしか覚えていないおじさんの声を思い出していた。

「何かを変えない人はそれに価値があると思っているから変えないのであって、でもその信じている価値がビジネスの世界では必ずしも「価値」であるとも限らないわけで」

きっとこのお店たちは、「変わっていない」し「変えない」のだろうなと思った。

でも一方で、「変わっていかれ」て「取り残された」んじゃないかなとも思った。

 「気が付いたら変わっていたんだよ」
「昔はこれでも商売になったんだ」
「気が付いたら変わってたんだよ、世の中が」

頭の中にそんな言葉が浮かんで、私は気味が悪くなり、怖くなり、悲しくなり、目の前に現れた鹿にすかさず「かわいいねー」といってスマホを掲げて写真を撮った。
 

○○○○○○○○○


帰りの新幹線は、京都から取っていた。

奈良から京都に向かい、お昼ご飯を済ませ、いくらか時間が余ったので、鴨川の沿いベンチに腰掛けて、しばらくぼんやりとした。

お腹がいっぱいで、日差しが強いから暑くて、でも水の音が聞こえるからなんだか心地いい。

いそいそと塗った日焼け止めに、じわじわと毛穴からにじみ出てきた汗が混ざってデロデロになっていくのを感じた。川の近くで地面を見ながらウロウロしている恋人をぼんやりと見つめる。

都市ではいつでもどこかぼうっとしていて、口数も少なく、同じ場所にずっと突っ立っていてもあまり苦ではありません、というような顔をする恋人だが、川や自然になると、ちょこちょこと落ち着きなく周りを歩き出すのがたいていだった。ある時はきれいな石を拾いたいとか、ここら辺にいつもいる顔なじみの野良猫を探したいだとか。そんな恋人を側から見ているとなんとも面白いので、私はそれがはじまるといつも遠くでながめているのだが、今回は「四つ葉のクローバーさがす」とだけ呟いて、ちょこまかと歩いて行ってしまった後ろ姿を、ぼんやりベンチから眺めていたのだった。

「四つ葉のクローバーをさがす」と言い出すくらい、鴨川沿いの原っぱは一面のシロツメクサで覆われていた。

群生の中で、いくつかのシロツメクサが揺れている。風で揺れているかと思ったら、たくさんのミツバチが、花の間を行ったり来たり、行ったり来たり、ただただそうしていた。

蜂が止まるたび、花がわずかばかりに揺れて、蜂が飛び立つと、花は茎ごと大きく揺れる。

蜂の数をいちにいさんと数えていると、恋人が遠くから、なにやら手をもぞもぞさせながらこちらへ戻ってくるのが見えた。

お目当てのものが見つかったのだろうか、と思っていると、私の前で一度立ち止まり、何か言いたそうな顔をした。

「なにどうしたの」

私がそう言うと、恋人はもぞもぞさせていた手元をこちらに見せてきた。

「これ作ったけどしっぱいした」

そこには額の近くの花びらが枯れかけているシロツメクサが、クタッとした姿で丸い円を描いていた。

それは、シロツメクサの指輪だった。

恋人は特に言葉を続けることなく、私の隣にストンと座り、もうこれ自分でつけちゃおーといって器用な手つきで自分の人差し指にシロツメクサを巻きつける。

その様子を横からじっと見ていると、綺麗でしょと花のついた自分の指を見せてきて、私がうんと言うと、おもむろに花の指輪を外し、立ち上がり、腰を屈めて、シロツメクサの原っぱにクタクタの指輪をそっと置いた。

「私にもつけて」

思わず声をあげていた。
恋人はかがんだ姿勢のまま、何も言わずに、大勢のシロツメクサのなかから花を一本を選んでつんで、またベンチに腰掛けた。

丁寧な手つきで茎をカーブさせて、カバンに入れていたキーケースから折りたたみ式のナイフを取り出して、茎に切れ目を入れる。切れ目に茎の先端を通した後、輪を作り、余った部分をくるくると輪に巻きつけた。

「できた」

一言言う。私が手を差し出すと、そっと指にその、今ほど作った指輪をはめてくれた。

「うまくできたと思う」
「そうだね、ありがとう」

自分の肌の上に、白い小さな花と、黄緑色の茎がちょこんと乗っかっているのをぼんやり見つめていた。そろそろ時間だから行こうと言われて、立ち上がり、しばらくそれをつけたまま歩いていたが、駅に向かうバスに乗るときに取って、バックの中に丁寧にしまった。



○○○○○○○○○


帰りの新幹線の中で、バックの中から、シロツメクサを取り出した。

花は萎れ、茎は輪の形を崩し変色していた。

死ななくてもいい花を死なせてしまったなと思ったし、あんなに綺麗だった指輪が、『変わり果ててしまった』とも思った。

横の座席に座っていた恋人を見ると、イヤホンで音楽を聴きながら、口を開けて寝てしまっている。

太くて短い首と、ちょこんとした鼻に滲む汗を見つめた。

今隣にいるこの人は、出会った時から変わったような気がするし、変わっていないような気もした。というかそもそも私はこの人のことを変わったか変わってないか判断できるほどのことを実は何にも知っていないし、分かってもいないような気もした。

私のような、恋人のような、閑散とした土産物屋街のような、私たちのような、特に特筆すべき点もないにんげんは、特に特筆すべき点のないシロツメクサの群生は、気が付いたら自分が変わったり、周りに変わられたりして、変わったり変わられたりそれを繰り返して、ある時誰かに摘み取られたり、踏まれたり雨が降らなかったりして、特に特筆されることなく死んでいくのだ、と思った。

変わることに変わられることに意味や価値を持たせることができるのはきっと「限られた」ものことひとだけであり、残念ながら私は「そちら側」ではないのかもしれない。私は限られた自分の周りで起きたミクロの話からマクロの真理を叩き出し、たかが自分の考えだけど、でもこれがマジで真理なのであると思い、納得したような、安心したような、そんな気持ちになった。




○○○○○○○○○○○○


家についたら、玄関先に荷物を置いて、すぐに庭に出た。

そこらへんに落ちてた木の枝で雑草の生える地面を掘り、手頃な穴を開けてクタクタのシロツメクサを入れて、埋めて、それを指輪の墓とした。私だけは、忘れないでいようと思ったから。頭に思い浮かんだのは、太くて短い首と、ちょこんとした鼻に滲んだ汗だった。

髪をおろした女の子のはなし

金曜日の池袋だった。

池袋西武沿いの大通りを、スマホの地図片手にのそのそと歩いているときに、横から、見知った声に囁かれた。

「今日上がる前給湯室よったらさ」

同じ部署の同期Yちゃんだった。いつのまにか隣に来ていたことに驚きながら、スマホをスーツの内ポケットにしまいつつ、潜めた声に倣って体をそれとなく、彼女の方へ傾ける。

少し先を行く幹事役が、スマホ片手に新入社員の集団を先導しているのが見えたり、見えなくなったりしていた。雑踏の切れ間から浮かんだり消えたりする、少しだけシワの目だってきたリクルートスーツの集団や、浮き足立った足取りが、どことなく視界からぼんやり霞んで行くような気がする。
彼女は前方の集団を一瞥すると、いくぶんか声量をあげて、続けた。

「大川さんに声かけられて」
「へーなんて」
「これからお出かけなのって。研修中の新入社員と懇親飲みですっていったらさ」

そこで彼女は一息置いて

「なんか、今度入ってくる子がどんな子なのか教えてね、って言われたわ」

はーと私は息を吐きながらついでに声を出して、しばらく間延びした声とも音とも言えない何かを発し続けたあと、早口でなるほどねとだけ続けた。

「こう言って来たのって実質さ、あの子のことじゃん。大川さんのところの部署に配属されるのってあの子だけだもん」
「まあそうだろうね」
「はいわかりましたーとだけは言っといたけど」
「正直めんどい感じじゃん」
「でもさー私やばいと思うんだよね、あの子」
「それは私も思うわ」

2人揃って、前方をそろりそろりとうかがい見る。
リクルートスーツの集団の中で、ぼんやりとした夢の中みたいな足取りで歩く1人の女の子、真っ暗な髪をうなじ近くで一つにくくった黒いスーツの彼女を見つめながら、私は、腹ただしいような呆れたような心配なような羨ましいようなそんな気持ちに苛まれながら、フラフラと覚束なく、慣れないヒールで、点滅する青信号に焦りながら、横断歩道を小走りでどうにか渡りきったのだった。




最初に違和感を訴えて来たのは、同じフロアの他部署の同期Rからだった。

「あの子、変わってると思う」

地下フロアのトイレは、白熱灯に照らされていてもいつもどこか薄暗く、閉塞的である。
3つ並んだ手洗い洗面台の、向かって1番右。女子ロッカーの1番近くの特等席で、しゃがれた声を出しながら、その子はサラサラのアッシュ系の茶髪に綺麗に映える、落ち着いたピンク色のアイシャドウを塗り直していた。

「あー」

矯正器の合間をぬって歯ブラシをゴシゴシとしながら、緩めた口の端から返答にもなれないような声を上げる。フロアに入っても挨拶らしきものを誰に対してもしないなとか、他の新入社員の女の子と口を聞いたりしないな、とか、いつもどこかすましたような、というか、クリッとしていつもブラウン系のアイシャドウで綺麗に縁取られた、でもどこか虚ろな大きな目とか、クリームがかった色白の肌に包まれたほっぺたはピクリともせず大抵はのっぺらぼうだとか、ツンと形の良い高い鼻が随分小ぶりなこととか、そういうことが走馬灯のように頭に流れてきて、なんとも言えない気持ちになった。

「よくわかんなさはある」

今自分に起こっている感情含めそのように返すと、あーねとだけ声が帰ってきて、トイレにしばらく沈黙が流れた。

あ、

沈黙の中、歯ブラシをシャコシャコしながら、あっと気がついた。鏡越しに彼女を見ると、彼女もあっという顔をしている。
2人で鏡越しにアイコンタクトを交わしたほんの数秒後、カッカッカッと、さっき気がついた音がさらに大きくなったのが聞こえた。誰かがヒールでこちらに歩いてくる音だった。

鏡越しに黒い人影を見る。

件の彼女だった。
黒い長髪をうなじのところで1つにして、白いタオル地のハンカチを片手に、こちらを一瞥することもなく個室に入ろうとしていた。

「お疲れ様です」

ほぼ反射のように声をかけていた。
お疲れ様です、と消えいるような声が彼女から帰ってくる。

「お疲れ様です」

Rも彼女に声をかける。
彼女は数秒、固まって同期の方を見たあと、少し肩を強張らせて、何事もなかったかのように個室に入っていった。

ほうほう、はーという顔をするRと一緒に
あはははという顔をしてトイレを足早に立ち去った。





4月が始まってまだそんなにたっていなかったころ、散りかけの桜を少しでも愛でたいと会社の近くの公園でご飯を食べていた時期があった。
どこからやってくるのか、普段はがらんどうな石畳の広場には何軒かの的屋が立ち並び、子どもや、近隣の大学生の集団らや、おじいさんおばあさんの集団らが、楽しそうに散りかけの桜が舞う公園を行き交っていた。

花粉症を極度に恐れるYちゃんはオフィスで食べたいというので、意図に賛同してくれたRと一緒に、桜並木から少し離れたベンチに座り、もそもそと家から持ってきたお弁当を食べる。
昨日自炊したご飯(チキンのトマト煮。オシャレすぎる)の残りを詰めたお弁当を食べるRが話してくる同棲中の彼氏とのあれそれを、なるほどなるほどお気持ちだ…と聞いていると、こちらに近づく人影があるのに気がついた。


「あっ、お疲れ様です」

Rと2人、どちらともなく声を出して軽く頭を下げた。

ああお疲れ様と返され、私も一緒に食べて良い?と続けられたので、もちろんですとRが返す。
ありがとう、と言いながら、近づいてきた人ー大川さんはベンチに腰掛けて足を組んだ。

大川さんが派遣社員だと知った時、私は結構な衝撃を受けた。
オフィスの女の情報をたくさん仕入れるのが生きがいみたいな男は、世にはそれなりにいるらしく、Rの上司はその手の人種らしい。会社にいるそんなに少ない女性社員が派遣社員か正社員か、ケッコンしてるかしてないか、リコンしてるかしてないか、カレシはいるのかいないのか、といったおおよその情報をRは上司からくどくどと叩き込まれ、記号じみた情報たちはちょうど去年のGW明けくらいから私とYちゃんのもとにもRの口からポツポツと流れてきて、2人で都度驚いたものだった。

大川さんは、幾らか肉付きのいい、でもいかにも秋田美人というような品のある佇まいをした少し年配の女の人だった。
いつもは優しいし、なんでも知ってるし、質問したら丁寧に答えてくれるし、色々な気配りをしてくれるし、でもその気配りが態とらしくなく、偉いおじさん達から絶大な信頼を得ているのだけど、たまにふっと冷たい目をすることがある、そんな人だった。
Yちゃんは大川さんのことが割と苦手なので、タイミング良くてよかったな、なんて人のことを考えていたら、すでに始まっていた大川さんとRの会話を聞き逃していた。

「ね、でさ!かしわぎちゃんはどうなの?」
「えっ?」
「だからさ!彼氏いるの?彼氏!」

えっ割とパーソナルな話を席ついて僅かの間にしていたの?と驚いてしまい、Rの方を見る。Rは以前大川さんに彼氏との話をして痛い目にあったことはなんとなく聞いていた。案の定、なんとも言えない表情をしていたので、あらかたのことを察し、どことなく様子を伺うことにした。

「あはは〜」

笑ってごまかしていると、視線が少しだけきつくなった気がして、なるほど、なるほどねと思う。
視界の端を昔懐かしいキックボードを走らせた子供が横切る。

「えっ、なになに?言わない感じ?」

普段のおっとりな喋り方とは違う、早口でまくしたてるようなその姿に、確信の情報を与えず周辺のどうでも良い情報を小出しに与えて服従を見せた方が良いと直感した。仕方なく今付き合っている人の話を適度にぼやかしながら、二、三する。

「うらやまし」要素が発生することはすなわち地雷のような気がしたし、聞いたらすぐ他の人に話したくなるような「おもしろ」要素があることもはばかられるような気がした。
結局、ぼんくらな男と月一で会う彼氏のことはそんなに好きではないよくわからない不思議ちゃんな女、という設定で情報を提供したところ、大川さんの興味はこの場にいないYちゃんの色恋沙汰の有無になり、Rと2人で適当にYちゃんの話をごまかした。

しばらくしてタバコを吸いに立ち去った大川さん背中を見つめながら、Rと2人でどちらからともなく言い合う。

「うちら、あれが、あれで正解だよね?」









幹事役のセンスが冴え渡っていたのか、歓迎会の店はとても良い雰囲気の隠れ家バルだった。
二階席がワンフロアぶち抜きのロフトみたいになっていて、大人数でもくつろげそうである。
行きの電車でそれとなく決めた席順で新入社員を並べ、間に同期達が座る。

女性の一般職くくりである私とYちゃんと彼女の席はもちろん近い。
私とYちゃんが横並びで、机を挟んで前が彼女、そして、彼女の横にはRが座った。

酒が入ってくると、各々限度を超えない程度に好き勝手なことを言いはじめる。
調子に乗り始めた数名の子達をはいはい、と見つめていると、幹事の同期がいきなり会社の闇話をぶっ込んできた。

「てかさ!みんな知ってる?!あのさ、ほら下村さんの話!」

うっわまじかよこいつというお気持ちを露骨にだしたRの顔が面白すぎて少し吹き出してしまう。キョトンとしている新入社員に、Yちゃんがやれやれとたりない言葉を補う。

「ほら広報の女の人、いるでしょ、下村さんってその人のことだよ」

以外にも、Yちゃんの言葉に一番はじめに反応を返してきたのは彼女だった。

「あっ、知ってます。社内報とか出してる人」

それまでずっと黙っていた彼女が声を発したことに少しだけ驚く。顔は相変わらず強張っていて、目が虚で頬がひくりとも動かない。

「そうそう、その人がね、まー得意先のね
社長の令嬢なわけよ。あー、まーそんでさ」

Yちゃんはポツポツと下村さんの武勇伝を語り出す。あまりにもあまりにもな数々は
私たちが体験したことでもあり私たちじゃない誰かが体験したことでもあったが、各々の話はまま刺激が強く、どこのメロスでも激怒するような邪智暴虐さがあった。ロフトにいた面々はしばらく沈黙してしまい、バルの喧騒がどこか遠くに感じられた。

「ま、うちの会社はね、そういうなんていうの?コネが多いからさ、そういうのは気をつけたほうがいいよ、意外な人間が実は力持ってたとかあるあるだからね」

Yちゃんが締める。

しばらく沈黙が続いたが、気を利かした体育会系の新入社員が、自分のサークルにいた理不尽な先輩の笑い話をして場を和ませる。
マジであいつ空気読めねえと話の発端となった同期の幹事に呆れたの視線を向けるRをまあまあと視線でなだめていると、向かいの席の彼女が、ポツリポツリと近くの席の私たちにだけ聞こえるような声量で、口を開いた。

「そうですよね、会社っていろんな人がいるんですよね」

それは自分に言い聞かせているような言葉にも、私たちに対する同意を示す言葉にも、社会に対する服従を表す言葉にも聞こえて、私とYちゃんはじっと彼女を見つめる。

「なんか、配属されたら、オフィスカジュアルでいいよ、とか、就活じゃないんだから、そんな硬くならないでとか、言われるんですけど」

言葉を選ぶように、探り探り話す姿は、非常に見覚えがあった。私にとっては、人ごとではない。

「髪の毛とかも、本当は、おろしたいな、とか思ってて、ははは」

そこまで言って、彼女は少しだけ、はにかんで笑った。のっぺらぼうだった頬が少しこんもりと盛り上がって、虚な目が、一瞬、細められて、小さい歯が口から覗く。
可愛い顔だなと、私は思った。

「いいじゃん!いいじゃん!」

RもYちゃんも私も、誰からともなく言い出していた。

「おろせばいいんだよ、好きにすればいいんだよ。本当ね、大人って意外とみんな好き勝手やってるんだから、髪下ろすくらいいいんだよ、自分の似合う格好、自分の好きな格好すればいいんだよ!」

気がついたら私はアホみたいに饒舌にそのようなことを割と大きな声で口に出していた。

彼女は少しびっくりした顔をした後、また顔を強張らせて、そうですね、と言って、少し俯いたのだった。








歓迎会が終わった次の日の朝、デスクに座ってダラダラとメールを見ていると、誰にも挨拶せずフロアに出勤してくる彼女を見かけて、あっと思った。

おろした長い黒髪が、少しシワのできた黒のリクルートスーツにサラサラと揺れている。

いいじゃんいいじゃん。
そう思った。彼女は誰にも挨拶をすることなく、研修室に音もなく滑り込んで行く。

私は保温マグからティーバックでいれた紅茶をすすすと飲む。

いいじゃんいいじゃん。

大川さんのことも、下村さんのことも、記号大好きなRの上司のことも、全てが遠のいていくのを、嬉々として感じていた。

すみっこにいた女児のはなし

十代の終わり、インターネッツでこんな言葉に出会った。

 

「学校のクラスは社会の縮図だ。ここで馴染めなかったりパッとしなかったりするやつは、いくつになっても、何をしてもダメだ。」

 

ガラケーの狭い画面上に浮かび上がるその言葉を見た瞬間、わたしの中に膨大な量のイメージがあほみたいに流れ込んできたのを今でも覚えている。

 

1ねん3くみ、2ねん3くみ、3年4組、4年4組、5年2組、6年2組、1年6組、2年7組、3年6組、1年5組、2年6組、3年6組

 

給食袋と音楽バックが下げられた机の群れと大繁殖したモクモクの苔の中で気まずそうに泳ぐやせっぽちのメダカがいた水槽、あるいは、手作りのフェルトのお守りがぶら下がったななめ掛けのエナメルバックが乱雑に転がる足の踏み場もない床とむんわりと香るいろいろなシーブリーズのにおい、あるいは、チャックの空いた化粧ポーチがひとつふたつとならぶトイレの流し台と人名を伏せたひそひそ話。

 

いつだってどこにいたってなにをしたってわたしはずっと「かしわぎさん」で、どんなにおれたちさいこうな〇年〇組が様々な行事を経てよりいっそう最高の仲間たちとなり団結と絆を育んだとしても、わたしはずっと「かしわぎさん」で、いつだってわたしは教室のかたすみで数少ない友達とひっそり大喜利大会をして、わらって、わたしはほんとうは面白いニンゲンなのになあとおもって、おもうだけしてて、でもずっとわたしは「かしわぎさん」だから、友達が休んだりするとどこにも居場所がなくて、図書室に行く、いつだってどこにいたってそうだった。

 

いつだってそうだったけど、でもわたしは、人生というものは、それなりに努力して勉強をし、それなりに準備をコツコツとしていけば、いつかそれなりの真人間になれるかもしれないのである、などとも思っていた。真人間にさえなってしまえばこちらのもので、わたしはいつか、「この世の中にはこれっぽっちもみじめなことなんてありません」という顔で生きていけるのだ、なんて思うと、どんなみじめなことも大したことはないなどど思い込めた。わたしはたいへんにしあわせものだったのだ。


だから、その言葉を見たとき、怖くなった。

わたしは「今は」みじめで不幸せだけど、「これからも」ずっとみじめで不幸せなのかもしれない、ということに気がついてしまったから。


教室の隅が、いつしか講義室の隅になって、オフィスの隅になって、そして私は地元の隅の、築50年のオンボロ実家でじっと縮こまりながら、歳をとって、親は死んで、一人ぼっちで、もう大喜利をする相手もいなくなって、間の抜けたとんちを壁に向かってつぶやき続ける。

そんな未来は簡単に想像でき、そしてそんな未来はとてもとてもしっくりきたのだった。全部が全部どうでもよくなってしまった。

わたしは一気に自分はもしかしたらとても不幸な人間なのかもされないということに思い当たってしまったのである。







初めてその子と話したとき、なんだかよくわからない人だなと思った。


新宿のワイアードカフェ。先に座って待ってたその子は、気まずそうに背を縮こまらせて、アイスカフェラテを飲んでいた。


あ、あの、はじめまして、

ワタワタと着席しながら私がぎこちなくモゴモゴと話しかけると、同じようにその子も


あ、はい、どうも

とだけ言って、こちらを一瞥だけしてまた背を縮こまらせた。



友達の紹介だった。感性が面白い男友達がいるので、会ってみない?とても気があうと思うよ。と勧められ、数回LINEのやり取りをし、会ってみることになった。


キャベツ 千切り トントントン


事前に、面白い人なんだよねというフリでその子のツイッターのホーム画面を見させられてた。

つぶやきやリツイートがほぼ無く殺風景なそこには、キャベツ 千切り トントントンとだけ浮かんでいて、それを見て、わたしはなんだかまだ会ってもいないくせに、とたんにその子のことが好きなってしまったのをなんとなく覚えている。


ワイアードカフェでは特に会話が盛り上がることも続くこともなく、雨の新宿をあてもなくさまよい歩いて、そのまま流れで映画館で『ズートピア』を見て、照明暗めのお手頃価格のおしゃれ和食ダイニングみたいなところでご飯を食べたけど、そこでは特に感想を言い合うこともなく、ご飯食べ終わると同時にすぐに解散した。


そこからなんとなくその子との交流が始まった。


交流というか、交流というほど何かを話したりだとか打ち解けようと何かアクティビティーを行ってみたり、なんてことはなくて、適当に場所を決めて集合して、フラフラと歩いて、歩いている最中に彼がよく分からない間の抜けたボケみたいなことを言ってくるので、私がそれに同じく間の抜けた感じに返答をして、お金がないのでウィンドウショッピングをして、無印良品に立ち寄って、映画を見て、ご飯を食べて、帰るということを月に2回くらいやる。そういうことがしばらく続いた。


それで、いつだったか、何回めかのそういった交流で横浜の回転寿司屋に立ち寄った際に、ずっと黙って生海老と甘エビとエンガワばかり食べていたその子は、ああそういえば思い出したなぁという感じにポツリポツリと私に自身の話をし始めたのだ。


小学生の頃とかさ、何か覚えてたりする?という枕から

親が転勤族だったため、小学校は3度変わった。

最終的に九州の外れに一家は居を構えて落ち着いた。

小学生の頃は今以上にぼっとしていた。

お昼休みの時間、クラスには「クラスの子どもみんなで外に出て全員で遊ぶ」というしきたりがあったのだが、自分は外で全員で遊ぶということがとても嫌だったので、昼休み毎に図書室に行き、司書の年配の女性と、クラスの隅っこにいた女の子と本を読んで過ごしていた。

中学から陸上を続けていて、高校でも陸上部だったのだが、年頃の男子が集まると必ず始まる「クラスの女子の格付け大会」が苦手で、それが始まるたびにそっと席を外して一人になっていた。


それらの話を淡々とその子は話していった。恥ずかしそうにも、気まずそうにも、後ろめたそうにも見えなかった。話の合間合間にその子は流れてくる海老をとって食べ、わたしはサーモンをとって食べた。サーモン取って食べ、話聞いて、カンパチをとって食べ、お茶をすすりながら、わたしは不思議な心地になっていた。


それは最初、既視感たった。

しかしその輪郭は非常におぼろげで、この既視感はなんなのだろうなどと思っていると、徐々にゆっくり、ゆっくりと頭の中にまた、例の、例のあのイメージが駆け巡ってきたのである。


給食袋と音楽バックが下げられた机の群れと大繁殖したモクモクの苔の中で気まずそうに泳ぐやせっぽちのメダカがいた水槽、あるいは、手作りのフェルトのお守りがぶら下がったななめ掛けのエナメルバックが乱雑に転がる足の踏み場もない床とむんわりと香るいろいろなシーブリーズのにおい、あるいは、チャックの空いた化粧ポーチがひとつふたつとならぶトイレの流し台と人名を伏せたひそひそ話


わたしは、そこでようやく、いま目の前で海老ばかり食べているこの子はきっとわたしに違いないと、そんなバカなことを自分が感じているのだということに気がついた。

この子はきっと男の子として生まれたときのわたしである。たしかに私はその時、そう感じた。


そう思ったらとたんに、わたしは行ったこともない九州の外れの、公立小学校の老朽化した校舎の別館で『エルマーとりゅう』を読んでいた。あるいは陸上部の更衣室のロッカーから足早に立ち去ろうとミズノのシューズを乱暴に脱ごうとしていた。あるいは、あるいは。


たくさんのあるいは、が頭の中に注ぎ込まれてきて、わたしは一人でアタフタした。あわてて醤油皿の小脇にあったビールをぐぐぐと煽る。

アルコールはいい具合に精神を落ち着けてくれて、心拍数がトクトク、と静かに早まるのを感じた。心地が良い。心地が良かった。


学校のクラスは社会の縮図だと誰かが言った。なるほどたしかに、この社会というものはいじめっ子もいじめられっ子も、頭でっかちな優等生も、噂大好きスピーカーも、凡庸な傍観者も、スケープゴートも、多数決も、運動会も、合唱コンクールも、文化祭も、お遊戯会も、お楽しみ会もある混沌と悪意と善意と感情に満ち溢れた世界である。


でもきっと、例えば怒号が飛び交う合唱コンクールの練習をふと一緒に抜け出して、校舎の隅っこで大喜利をしあえる相手が、そんな相手が誰か一人でもいれば、人生というものはとても幸せなのかもしれないなと、思った。


ひどく救われたような気持ちで焼きハラスを食べた。サーモンの寿司は美味しい。サーモンアボカド巻きも美味しい。サーモンユッケ軍艦も美味しい。


悪くないじゃん、案外、人生。悪くないのかもしれない。

アルコールで浮遊する頭の中でたしかにそう呟く声が聞こえた気がした。



 

7/14金曜日に副都心線女性専用車に乗っていたあなたへ

女子高生2人がドアにもたれかかって、おしゃべりをしていた。

閑散とした下り方面の通勤電車。けれど席は全部埋まっていて、さっき止まった駅で乗り込んできた2人はいく場がなかったらしい。


2人ともおんなじ水色のタータンチェックのスカートを履いていた。きっと同級生なんだろう。1人は同系色のポロシャツを、もう1人は白いシャツを上に着ていた。

白いシャツの子は色が白くて、柔らかく綺麗な黒髪をさっぱりとしたショートヘアにしていて、頭が小さくて、スラリと背が高く、笑った顔が双子のマナカナに似てた。アイブロウもしていない眉はそれでも綺麗な弧を描いていて、色付きリップも塗っていないだろうなぁというすこし横広の唇は、血色の良いピンク色をしていた。

ポロシャツの子は、白いシャツの子に比べると小柄だった。比べると頭の大きさがやや大きめで、肌もどちらかといえば浅黒く、前髪が異様に重たいセミロングヘアで、とくに何も手入れしていないであろう眉毛は野暮ったく、唇は血色の悪い色をしていた。

最近世に生まれた人たちは、スマホをいじる片手間に一緒にいる友達と喋ることがままあるけど、2人はそんなこともなく、とても楽しそうに、なんかよくわからないけどとても楽しそうにおしゃべりをしていて、私は、ああこの2人は片手間の仲良しではなく、本当に仲が良いんだなあと思って、しばらく2人を見ていた。

この路線は都心に入ると地下に潜る。
暗がりに入った途端電車の窓が、鏡みたいに車内の様子を映し出す。口角が下がって虚ろな目をしてる自分の顔を、ぼうっと見つめて、ふと女子高生2人を見て、そこで私はあっと気がついた。

小柄な方の子が、なんだか気まずそうに、自分の頭のてっぺんを触って、恐る恐る、こわごわと、髪を手でなでていたのである。

私はあっと思った。その気まずそうな、恐る恐るという手の動き、恥ずかしそうに歪む目元と、どこか誤魔化すように一瞬引き笑いする口元。そういう振る舞いには、とても見覚えがあった。在りし日、高校の女子トイレの中で、蛍光灯がらんらんと光るドラッグストアのコスメコーナーにある手のひらほどもない大きさの鏡の前で、マルイに入っているようなきちんとした服屋に置いてあった鏡の前で、誰かと一緒に並んでいる時の私と、全くおんなじだったのだ。
だから私は、このポロシャツの子は今、絶対に、自分の容姿に負い目を感じているのだろうなと、そう思った。



自分の容姿に薄ぼんやりとしたコンプレックスがある。

頭が標準よりでかいなあとか、おでことあごが豊かすぎてなんだか間延びした顔だなぁとか、足が太くて短くて嫌だなぁとか、お尻がおおきすぎるなぁとか、二の腕がブツブツしているなぁとか、そういう細々した「一般的な女子の容姿と自分の容姿との差異」っていうのはままある。ままあって、そうしてそれが要因で、私は世間的に美しいとされる容姿ではないということは随分前から承知していて、だから私はできるだけ自分の容姿にはお金をかけたくないなぁというふうに漠然と思っていた。なんでかっていうと、そんなに元が良くないものに、かけるお金を得るために頑張って働くということがとてもとても嫌だったからである。

お金をいっぱいかけるのではなくて、あらかじめ分野?によって予算を決めて(服は2000〜5000円までにする。必ずセールで買う。美容院はカットトリートメントで5000円くらいまでにするとか)見苦しくない程度にやりくりをしながらぼちぼち身の丈に合わせてやってきた。
身の丈といってもたかが知れてるので、実際の容姿も相変わらずだったけど、たま〜〜にもらえる「その服いいね」とか「髪の毛は短い方が似合ってるね」というお言葉だけで十分満足していて、私は脇の永久脱毛をすることなく、二の腕のブツブツと向き合うことなく、左目の横にある大きなシミと向き合うことなく、この歳まで来てしまったのである。  

そうやって来た私が、あっ、と思った出来事がある。

先日、インターネッツで知り合ったお友達と服屋へ買い物に行った。
彼女はとても容姿が綺麗で、元が綺麗だけど美意識が高いのでお金をきちんとかけてさらに綺麗に自身を着飾っている、そんな人だった。そういう彼女に誘われていく服屋というのは、もちろんとても美意識が高く渋谷のなんかこう裏路地?にひっそりと佇むなんかこう海外のアンティークな可愛いお洋服を取り扱う古着屋といういかにもシャランラ〜みたいなところで。

服屋といえば、UNIQLO、ジーユー、GAP、H&M、アルシーブス、vis、ロペピクニックと地元のイオンでまかなうことしか考えていない、地元は嫌いだけど実質マイルドヤンキーみたいなライフスタイルをしてる人間からしてみればそういうところは間違いなく異空間である。丈のあっていないGAPの2000円のワンピースで立ち入るのは非常にアレで、まあ入ってからもお友達はガンガン接客されるけど私は店員から完全スルーされて、うほほまあある程度は想定内なのでと思いながら所狭しとアンティークな雑貨に囲まれた店内を物色していると、1つのワンピースに目が止まった。

透け感のある素材の、胸下で切り返しがしてある紺色のワンピース。首元はボックス型?に開いていて、二の腕がすっぽり隠れるくらいのふんわりした袖口、やや赤みがかった暗いアメジスト色のボタンが真ん中に4つくらいてんてんてんと付いていて、切り返しの下は白のドットがプリントされたストンと落ちるデザインのワンピース。

それをみた瞬間、おお!これ!これだ!と思った。迷わず一点、それをとって店員さんに話しかけて試着をさせてもらった。


買い物に行くとき、これはなにを買うにもそうだけど、頭の中でものすごーく買うもののイメトレをしてから店に行くようにしている。
服を買うのだったら、私は足が太くて短いので上の方で切り返しのある膝下丈のワンピースか、ミモレ丈のスカート、色はクローゼットの他の服とかと合わせやすいようにかつ生地や裁縫のアラが目立ちにくいモノトーンか暗めのものを買いたいなぁとか思う。でも安い店には大概ピンと来るものはなくて、しかたないから及第点の物を買っておくか〜と思って買ってうーんやはり及第点は及第点か、となって、そんな感じで今までやって来ていた。

MMにお前の髪型、メルモちゃんみたいやな!と言われた昭和っぽいショートヘアと水玉模様の長い丈のスカートはレトロな感じがとても合っていて、面長な顔とと短くつまった首は、やや広めの四角く開かれた襟ぐりで幾分か緩和され、ブツブツの二の腕はふんわりとした袖に隠れ、太い足と大きな尻はストンと下がったスカートの中にすっぽりと隠れていた。

試着をして、ああ、私はこういう服が「合っているんだなぁ」と思った。
これを着たからといって、劇的に美しくなれたとは思わない。けど、でも、「合っている」服を着ている自分をみて、なんだかとても安心したし、とても満たされた気持ちになった。
それは、自分で選んだ選択したものが自分に合っていた、つまり自分にとっての正解を自分で選ぶことができたんだという静かな喜びだった。流行りの刺繍トップスが似合わなくても、でも私は今確実に沢山ある服の中から自分にとっての正解を見つけられて、そしてその見つけた服と自分が調和できたことにたいする静かな興奮でもあった。

試着室から出たら店員さんが飛んで着て、わーーーーーお似合いですねーーーーーと言われた。さっきまで私のことをないものとして扱っていたのに、目をちゃんと見てかけられたその言葉に、「ああ、やっぱり、この服は私に合っているんだなぁ」と思って、途方もなくホッとした。



7/14金曜日朝の副都心線女性専用車で気まずそうに髪を撫でたあなたに言いたいなと思うことは、そうだな、今はみんなとおんなじ制服を着させられてわからないとおもうけど、あなたに似合うよそおいというのはこの地球上のどこかに必ずあるよということです。似合う服を着たからといって私たちはマナカナになれるわけでもないし、髪をショートカットにしたからといって剛力彩芽さんにはなれないけれど、でも似合うよそおいをしていれば、とても心が安定して、落ち着いて、安心して、なにより自分を恥ずかしがらずに良くなると思う。そうおもうよ。

そしてなりより、自分を恥ずかしがらずになったらきっと、女子トイレや地下鉄の反射した窓ガラスの前やドラッグストアのコスメコーナーの小さな鏡の前にあなたの好きな友達と一緒に並んだとしても、なんにも恥ずかしがることなく、後ろめたくおもうことなく、惨めな気持ちを抱くことなく、一緒におしゃべりが出来るのでは?そう思います。


自分に似合うよそおいを探すために、ぼちぼち勉強してぼちぼち働き、すこしばかりのお金を使って、それなりに休息をとりながら、まあ、一緒にやっていきましょう。やっていこうね。





気になるMMとわたし

最初に弁明させてもらう。今回出てくるMMは「わたしの周囲にいる誰か特定の一人」を指しているのではなくて、わたしが就活中~就職後に出会った「たくさんのふしぎなおとなたち」を統合して創り上げた架空の存在である。(あと関西弁に関してはおぼろげな記憶をたどってかいてるのでほんとに自信ない。関西の人ごめんね。)

 

 

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社長面接で場面緘黙かましたけど、なんかわたしを拾ってくれた弊社で働き始めて、もう一か月半になる。

 

選考中から薄々感づいていたことだけれど、弊社は「とてもおとなしい人」が多い。みなさん、毎朝毎朝ささやくような声で挨拶をしながら出勤し、有線ランでつながれた古ーいPCにて拙い手つきでExcelカタカタして、ひたすらに得意先にFAXを送り、得意先から来るFAXを受け取り自社の帳簿システムにカタカタ入力をして、またFAXを返し、たくさんかかってくる電話にささやくような声で出て、そして陽炎のように定時になったら帰宅をする。これが弊社の日常である。

「教室の隅っこにいた人たちをまとめて作ってみた会社」って感じの弊社の雰囲気をわたしはなかなかに気に入っていて、たぶんわたし自身もその雰囲気の中に溶け込めているのだろうなあと、まだ入って少ししかたってないけど、とても感じている。つまり、人事採用担当者は「職場の雰囲気を乱さない人間か否か」を基準とし採用を行い、わたしはその基準にうまい具合に引っかかれたということである。ははーーーーありがとうございます。社長面接で緘黙してしまった際、「かしわぎさんは海外へのボランティア経験があり~・・・」と助け舟を出してくれた佐々木人事部長。

 

でもでもでも、人間の集団というのはとてもとても面白いもので、そうはいっても「とんでもなく集団(=会社)のカラーとちがうニンゲン」というものが一定の割合存在するのが常である。弊社の弊部署は‘‘どちらかというと”そういうニンゲンの集まりで、マネージャー(=部長)を筆頭に係長・中堅社員・年の近い先輩・お局、各々が「うっす!自分たち!効率の良い仕事の仕組みを構築&監査して!金稼ぐぜ!おとなしくいつも同じような仕事の仕方にこだわってPDCA回さねえやつはクソ!!!!」と強めの姿勢で業務にあたっている。日々の自部署の業務をこなしながら、全社に向けて業務改善につぐ業務改善の企画・告示・指導・監査。それらをこなすみなさんはとんでもなくバイタリティーがあって、すごいいろいろなことを知っていて、たぶん「どこでもやっていけそう」な感じのあきらかに有能な方々だ。でもでもしかし、ここで聡いはてなの皆さんなら察してくれそうであるが、弊私が配属された弊部署は、有能だけどそのあまりのカラーの違いから、正直社内での風当たりがあーーーーーーーーーん(泣)なことになっている部署なのである。

 

そんなあーーーん(泣)な弊部署の皆様が、口をそろえて「あいつはやばい」と称賛を送るお人がいる。

 

そのお人は、わたしのデスクからみえる、真向いの島、弊社花形の主力商品を売って売って売りまくる営業部署のえらーい席に悠然と座っている。

年は多分40代中ごろ。赤ら顔で、髪の毛がめっちゃちゃんとセットしてあって、いつも高そうなスーツに身を包み、なんかすっごい高そうなギラギラの腕時計をして、すっごいとんがったあの先っぽがめっちゃどんがってる上質な靴をはいてて、体格はわりと小柄なのだけど、毎朝毎朝フロアに燦然と響き渡る挨拶をして悠々とデスクについて、大抵午前中はひたすらビジネス誌を読んで、仲の良い他部署の部長や部下&後輩と雑談してて、午後になるとふらりとどこかに消えて戻ってこない、みたいなひと。

 

競争が大好きで、バツ1なんだけど今は元スチュワーデスの奥さんがいて、いつもあっっっっっっっと驚くような大口顧客との契約を「とってきたで~~~~~」と「吉野家行ってきたで~~~~」みたいなノリで薄暗いオフィースに大きな声で報告するその人をわたしは密かに「(まるで絵に描いたようにいろいろなものを獲得していて、能力が高く、競争心と欲望に忠実な精神がとんでもなく)マッチョなマネージャー」略してMMと呼んでいる。

 

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わたしとMMがはじめて遭遇したのは、入社して1週目に行われた社内研修の席だった。

この研修では、毎日毎日、自社の組織構造の説明という体で、各部署・部門のえら~い人たちが代わる代わる「ウチはこんな仕事してるぞ」、「会社員ってのはなア、ほんとに理不尽なんだぞ!俺が若い頃はなア・・・」とお話をし、わたしたちはそれをただひたすらに聞く、ということをしていた。

えら~い人たちは「なんか人事部から新入社員に向けて話をしてくださいとか言われたけどぶっちゃけそんな話すことないわ~ど~しよ」という顔をしていたし、わたしたち新入社員は「いや~仕事内容に関してはNots Dominoに書いてあったし、正直苦労話とか今聞いても萎えるからやめてくれよ・・・・」という顔をしてしまっていて、だから正直、なんだかなあみたいな空気が研修室にはずっと蔓延してて、ここにいる人全員が「どうにかならないもんかなア」と思ってて研修室はイヤーな空気がずっと漂っていた。

 

だから、中日の水曜日のお昼休み明けに「おお!!!!!お前ら!!!!!なんかめっちゃ疲れとるな!!!!!!!!!!!」というはつらつとした声と共に研修室にMMが入って来た時、こう表現するのは適当であるのかわからないけど、MMは「誰が見てもなにかしらの魅力を持っていそうだなと思わせるオーラ」を漂わせているように見えたのだった。

 

 

 

 

PC機器の扱いが苦手なえらいひとが多い中、手早く自身のiPhoneをプロジェクターとスピーカーにつなげたMMは、お供の部下に部屋の電気を消すように指示し、なんと何も言わずにいきなり、ジャカジャカと音楽を流し始めた。

しばらくして、部屋前方のスクリーンに、白い文字が浮かび上がる。それがジャカジャカ流れてる音楽の歌詞であると気づくのに、すこしだけ時間がかかった。

 

back numberだ・・・・・・

 

新入社員の誰からともなく、さざ波のように言葉が漏れて、そのさざ波が広がっていって、そうなんだ今流れてるのはあのほら、10代に大人気のバンド(年末ちらっとみたMステ情報)のなんか曲なのか、と合点した。

 

曲が終わって電気がつけられて、意味深にしばらく溜めたあと、MMは少し真面目な表情で、わたしの隣の席に座っていた営業職の男の子に話しかけた。

 

「君、俺がなんで今この曲をかけたと思う?」

 

男の子はしばらくあっけにとられた顔をした後、「わからないです」と答えた。わたしもわからないです、とおもっていると、MMはしたりといった表情になって、言った。

 

「特に理由はない!上の娘からback number教えてもらってな、好きで聞きたかったからや!」

 

MMの横で苦笑いをするお供の部下の顔とご機嫌そうなMMの表情を交互にみて、わたしのけだるげな眠気と室内の重苦しい空気が一気にふっとんでいったのを感じた。

 

 

 

 

 

 

MMの研修はとても型破りだった。

 

「おまえら正直この研修ダルイやろ?俺もぶっちゃけ眠いねん。水曜やし昼明けやし。それにどうせ配属された先で各々先輩なり上司なりに自分の業務について教えてもらうだろうから、うん、新人の内は組織がどうこうなってるかを理解することより、テキトーに先輩の話を聞いて言われた仕事をちゃんとやってればええんや。だからな、俺は今回テキトーに話しするから、メモとか取らんでええよ。」

 

声は通るけど穏やかな表情で、ぶっちゃけた話をする語り口は一瞬、「気さくでフランクな良いおじさん」という風に見受けられたけど、メモとか取らんでええよ、の語調がやや強い気がして、わたしはすっとメモをカバンの中にしまった。たぶんこの人は、自分より立場が低いニンゲンが自分の言ったとおりにならないと機嫌が悪くなりそうなニンゲンっぽいなあとおもったからだ。

 

「まあ、そうはいっても、後ろに人事部の方おるし、最初は簡単に俺の自己紹介だけさせてほしいわ」

 

細い目がじろり、とわたしたちの後ろに座ってる人事部チーフをとらえて、わたしはその目の鋭さにうっとなってしまったけど、すぐさまMMはこちらに背を向けてホワイトボードに終わりかけの水性ペンで大きく文字を書きなぐっていったので、少しほっとした。

 

書きなぐった大きな文字というのはMMのフルネームで、振り返ったMMは簡潔にフルネームと担当自部署名とその説明を行い、最後はまあそんなわけでこれからよろしくな、と〆た。口から流れるように言葉が出てくる様子に「すっ、すげーーーーーーーー」となっていると、また間髪言わずにMMは部下に声をかけた。

 

声をかけられた部下はそそくさと私たちに白いA4の紙を配り、その横でMMはホワイトボードに何桁かの数字を書きなぐっていく。

 

「一体何の数字なのだろう」

室内にいるニンゲン全員がおそらくそう考えていた。アオキか青山で大量生産されたリクルートスーツに身を包んだわたしたちひよっこは、皆一様に不思議そうな顔をして、じっとMMを見つめていた。室内は完全に「MM劇場」が出来上がっていて、わたしは不思議そうな表情をしながら、なんだか本当にこの人は怖い人だな、とびくびくしていた。


「この数字な、何かわかるか?」 











つづく 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさかと人生

2017年3月3日正午前、弊大学の卒業確定者の告示がインターネッツの片隅にて行われた。

 

告示ページには、8桁の学籍番号だけがつらつらと表示されていた。番号順で。個人情報保護のためである。

 

先日の入社前研修から帰宅後、サイズオーバーで垢抜けないスーツを脱いで速攻、風呂にも入らず眠り込んでいた。痒い頭をポリポリと搔きながら、スマホを起動し、告示ページを開き、さっさと私は自分の学籍番号を数字の列から見つけ出す。「まーじで4月から働きたくないんですけど」などと思いながら、雨戸をあけもせずに二度寝をした。

 

二度寝をして、しばらくたったころである。

枕元でLINE通知が鳴り、目が覚めた。

 

「○○の番号なかったんだけど大丈夫かな」

 

友人からだった。共通の友人(○○)の番号が見当たらないという。

そんなまさかなことがあるんかいなと思い、その子の学籍番号を調べ、もう一度告示ページに飛ぶ。番号を探す、探す、もう一回探す。ない、ないのである。番号はなかった。

 

LINEをしてきた友人が続ける。

 

「○○、会社の宿泊研修で缶詰だからLINE既読つかない。だからこのこと知らないと思う」

 

そんなと思い、以前控えていた携帯電話のほうの番号に電話をかける。つながらない。留守電にも接続されなかった。

 

連絡してきた友人に、その子の幼稚園の頃からの友人である知り合いにあたって実家の電話番号を調べて連絡するようにお願いをする。

 

慌てて、弊大学在学生用サイトの履修要綱ページに飛んだ。卒業不可学生への救済措置等はないのか調べる。ひとつそれらしきものを見つける。本年度の履修申請時にある特定の条件をみたしていた学生にのみ、科目の再試験を実施できるという。

措置を受けるため申請方法を見ると、本日15:30までに大学の所定窓口にて受け付けるとある。後日該当学生本人が申請を行うという条件付きで代理申請も可能。しかし所定の日程以外の申請は不可という文字に頭が真っ白になる。スマホの時計は午後14時を回っていた。

 

フケ塗れのぼさぼさ髪のまま、しょぼくれた黒のダッフルコートを着て外に出る。

とんでもないことになってしまった、と思った。その子がはたしてその条件に該当する生徒なのかは定かではない。しかしでももうそんなことは言っていられなくて、このままほっておくと確実に卒業不可だし、もし特定条件に該当してなくて再試験が受けられなくても不可だし、いやもうどうあがいても15:30までに学校に行ってみないと不可じゃん!本当にやばい!やばかった。

 

電車に飛び乗ってからも頭が真っ白だった。

実家・その子の母親に連絡を取ろうとしてくれていた友人からLINEがくる。

「番号はわかったけどどっちもつながらないし、留守電にもならない」

 

友人に救済措置制度の説明をして、今自分が大学へ向かっていること・窓口で直にその子が条件に該当するのか問い合わせ、該当するならその場で自分が代理人申請を行うことを伝えた。

 

1時間ほどで大学に到着した。

学内説明会に参加するリクルートスーツたちを尻目に、やばいやばいと学内に駆け込み、窓口のチャイムをならす。

奥からカピバラみたいな顔の若いにいさんが出てきて、これこれこういうわけで代理申請をお願いしますというと、にいさんはまた奥に引っ込んでいった。

 

しばらく引っ込んでいて、私はまだかまだかよって待っていて、でも来なくて、うううううううううううってなっているころにおにいさんはのそのそと戻ってきた。

 

そして私は、確認したんですが、その学生さんは制度対象の条件に該当していないですという旨、そして救済措置対象者には別個で連絡が来ているはずだという旨を聞いた。

私はしばらく黙り込んでしまって、そうですか、わかりました、連絡が来てるかどうかは知らないです、その子と連絡が取れなくてといって、窓口を立ち去った。

 

 

校門横、旧喫煙所横の自動販売機に引き寄せられるように歩み寄ってミニッツメイドを買う。近くのベンチに腰掛けようとして、足がもつれて、転びかけた。

 

ベンチに座って、ミニッツメイドを飲む。

ミニッツメイドはまじでおいしかったけど、もう本当にしんどい気持ちになった。

いろいろなことが、頭の中にあらわれたり、湧き上がったり、浮かび上がったり、立ち消えたり、ささやいてきたりした。

 

最初に浮かんだのはその子の顔だった。

それから徐々にその子の顔の後ろに背景が浮かんできて、その背景というのは弊大学の銀杏並木だった。秋だ。秋のある日にその子とした会話を思い出したのだ。

 

「卒論やめようと思うんだよね」

「えーまじか、なんで?」

「しんどいし」

「まあしんどいけどねえ。書かなくても卒業はできるけど、君のところの教授さ、卒論書きやがれカス!書かねえやつは大学の屑!って煽ってくる感じの教授じゃん。卒論かかないとゼミの単位とかやばくなるんじゃないの?」

「ん、だからゼミ論にするよ」

「あーなるほどその手があったか~~」

「でも会社の研修と部活と入社前までに自動車免許取らなきゃいけなくて、全然ゼミ行けてない」

「まじか」

 

 

 

その子と銀杏並木は徐々に頭から立ち消えて行く。

次に浮かんだのは、大教室にひしめくいくつもの目、目、目だった。

私は壇上にいて、卒業論文の発表準備をしていた。

私は公の場で発表や発言をする際、かなりの確率で緘黙をしてしまう。なので事前に家で何度も何度も練習をして、もう寿限無をそらんじるように発言内容を一字一句を暗記して、発表に臨んでいた。

 

壇上で一人、腕時計に目を落とす。タイムキーパーの学生の方を見る。苦笑いが帰ってきた。私も苦笑いを返した。なんと、私の担当教授が遅刻していて発表を始めることができないのだ。

壇上から上手側の席を見る。不機嫌な顔をした発表評価担当の教授が座っている。

 

数分遅れて教授はやって来て、発表は行われた。

緘黙することなく発表を行った。質疑応答の時間になる。評価担当教授が手を挙げた。私の実験方法の不適切な点を淡々と述べ、具体的な代替案をどや顔で言われる。

私は思わず担当教授を見た。

教授はそっぽをむいている。

代替案というのは、以前私が提案していた方法だった。でもそれを担当教授に反対され、私はそれを「納得させるのが面倒くさかった」ので、研究方法を教授の指示通りに変えたのである。

それまでの学生たちはべた褒めだったのに、と頭が真っ白になる。

私はたくさんの目の前で、ひとり、ただ、緘黙をしていた。

 

 

ぞわぞわするような不快感は徐々に立ち消えた。

私の頭はまた別の風景を思い浮かべていた。

 

新宿の曇った空。どでかい自社ビルに私は意気揚々と駆け込んでいった。

四季報掲載の東証一部上場、某メーカーの最終面接である。

信じられない気持ちでいっぱいだった。給料がいい。本当に給料が良い。福利厚生もちゃんとしている。よかった。父、やったよ。母、やったよ。これならきっと知的障害のある弟を食わせて行けるし、私も自立した生活を送っていける。やった。父、やったよ。

 

エレベーターを上がって、豪華な応接室で交通費をもらう。

しばらく待って、でかい会議室の前に誘導される。

 

「ノックを3回して入ってくださいね」

 

綺麗な女性社員にささやかれて、私は会議室に入った。

怖そうで偉いんだろうなっておじさんが3人いた。

私はそこで父親の顔を思い出した。えらいおじさんになれずにアル中になり退職しアルバイトになり無職になりみじめに死んでいった父の顔を思い出した。

体中がこわばって、のどが鉄パイプのように固くなって、動かない。

 

そんな馬鹿な、あれだけ練習をしたのに私は緘黙をしてしまったのである。

 

 

 

 

 

気がついたら手元のミニッツメイドを飲み干していて、そんでもって頭に浮かぶよしなしごとは立ち消えていた。

ゴミ箱に缶を捨てて、立ち上がる。

 

帰りの電車に揺られながら、私は、人生というものが途方もなく、怖くて怖くて、たまらなくなった。

 

あの子の卒業不可も私の卒論の酷評・就活失敗も、また私の父の転落と死も、言ってしまえば、予兆を見逃した各個人による自業自得である。

 

あの子は卒論執筆を断念することも視野に入れてもっと余裕を持った履修計画を組むべきだったし、私は教授とバチバチになってでも自分がやろうと思った研究方法を通すべきだったし、就活をする前にカウンセリングなりなんなりに通って心の問題を解決するべきだったし、父が酒におぼれ始めた時に周囲は何が何でも止めればよかったのである。

 

物事にはすべて予兆がある。

私たちは考えることができる葦なのだから、常に将来を見通し、予兆を察知し、現状を的確に把握し、決断し、行動していくことができるはずだし、そうしてしかるべきなのだろう。当たり前だ。そんなのはわかっている。そしてそういうことができる人間だけが生き残っていくことができるのだろう。

 

だがしかし、世の中の人間がすべて、そんな簡単に、「考える葦」でいれるわけではないんじゃないだろうか。

 

わたしたちは多分、日常の中にたくさん紛れる予兆を気づかずにスルーしたり、あるいは気づいていても取りこぼすといったことを繰り返している。

 

こうありたい

こうであってほしい

めんどくさい

こわい

しりたくない

 

そういったいくつもの感情が、私たちを簡単に「考える葦」から「愚かな動物」に変えてしまって、そうして、たぶんそこから。たくさんの不幸や理不尽や悲しみや憎しみが生まれているのだろう。

 

人生には沢山のまさかがある。

まさか、は怖い。だって急にくるし、乗り越えるのは大変だし。

でも何よりも、まさかが発してくれた予兆を見す見すしてしまうであろう自分が怖い。

 

人生というものはただでさえ不確定で、果てがみえなくて、理不尽で、道しるべがなくて、混とんとしているのに、私たちが知る以上にたくさんのまさかがある。

 

そんなことに気がついてしまって、怖くて怖くて、途方に暮れている。