斎藤はどこへ行った

ベリベリエモーショナルOL一年目(元大衆大学へっぽこ心理学部生)

シロツメクサの墓

JR奈良駅徒歩6分のビジネスホテルで、(おそらく)ローカルの経済番組を見た。


市場の縮小から経営不振に苦しむ老舗企業を立て直した若き社長。社長は自社だけではなく市場全体のことを考え、現在自身の持つノウハウを活用した他社へのコンサル事業や、製品の共同開発にも力を注いでるという。

キー局の経済番組とおんなじような、落ち着いた色彩の、しかし幾ばくか簡素な造りのセット。いかにも秘書の女の人が着ていそうな、白い変な形の襟のスーツを着た女性アナウンサーと、なんかもっともらしいことを言いそうな眉毛が太く恰幅のいいおじさんが座るテーブル、中央に謎の空間を挟み、向かいのテーブルには若い社長と合間合間で解説を喋るおそらくVTRの取材を担当したであろう若々しい男。それらがテレビの枠いっぱいに、窮屈そうに収まっていた。

VTRと若々しい男がフリップを出してなにやら解説するのと社長の今後の展望を述べるコーナーが終わり、そろそろ番組が終わろうかという場面になって、眉毛の太いおじさんが「私がこれから総括をします」という神妙な面持ちで、ゆっくりと話を始めた。

「かわっていくということは、改革をするということは、必ずしも破壊をするということではないんですよね」

「何かを変えない人はそれに価値があると思っているから変えないのであって、でもその信じている価値がビジネスの世界では必ずしも「価値」であるとも限らないわけで」

「だから若社長さんのように、おんなじような立場で改革をして、現に成功をしている人しか言えない言葉、伝えることができる言葉というのはあると思う」

たしかこのようなことをおじさんは言っていたと思う。

かわっていくこと、という言葉が頭に引っかかって、テレビを消して、部屋を出て、エレベーターでフロントまで降りて、チェックアウトをしてからも、若社長の顔の輪郭や女性アナウンサーの変な襟の形は次第におぼろげになってなっていくというのに、その言葉だけがやけに頭に残っていた。




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奈良に向かう数日前に、ツイッターのタイムラインであるツイートを見かけた。



原文をママ引用すると、
『久々に会った親友が彼氏とのセックスと同僚の愚痴しか話さなくなっていて気持ちがだいぶやられてしまった、女子校の頃みたいに好きな魚とか米とか変なおじさんの話をしてくれよ、ねえ』。

これを見たのは、ちょうどヘボみたいな残業を終えて帰宅する電車の中で、華金からかあまり混雑していないいつもの路線の、最寄駅で改札に向かうホーム出口の近くに降りられるいつもの車両の、いつもとおんなじような席でそれを読んでいた私は、思い当たる節がありすぎて、げげげと顔を歪めるしかなかった。

例えば、先週大学時代の友達と行った大江戸温泉物語のサウナ室で、地下フロアの給湯室で、お昼を食べる地下フロアの休憩室で、コピー機の前で、地元の雑居ビルの地下にある鳥貴族で、駅前のデニーズのテーブル席で。いつどこで誰といようと私は、嫌いな先輩に暴言を吐いたことを武勇伝風に語り、女子社員のトイレの回数と時間を測ってくる既婚男性社員をディスる愚痴り、誰々は経営層の親族だとかいう噂話をし、軽蔑している上司が取締役の印鑑を勝手に使って稟議書を作成しそれを印鑑を『盗った』取締役本人に提出するという本当にあったおもしろ落語を披露し、会社の女子トイレには外部から侵入してくるスタメン3人の痴漢がよく出没するが、会社がなんの対策も講じないため『あそこはいける』という噂が立ちスタメンの数が増えたというすべらない話を提供した。それが最近の「わたし」だった。そういう、悲惨な限界集落で村から出ることもできず、やせた土地で田畑を耕し、たかが知れたわずかばかりの作物を収穫しながら、悲壮話や噂話をすることしかできない側の人間である自分に気が付いてしまって、顔を歪めた。虚しくなって、悔しくなって、しかし泣いたらいいのか怒ったらいいのかもわからず、途方に暮れながらげげげと顔を歪めたのだ。私は本当はもっと、化学の先生のおもしろモノマネとか、最近行った美術展の話とか、青い鳥文庫の若女将は小学生に最新刊が出た話とか、若女将は小学生の最新刊を図書館でずっと借りてる奴が誰なのかを推理してみた話とか、フィリピンでマングローブを植えていて気が付いたマングローブの根っこはまじで足に刺さると痛いという話とか、お遍路をしていて気が付いた、人間1日に楽しく歩ける距離12キロ説だとか、パンダのお尻って意外と汚いよねとか、そういう本当は誰も傷つけずバカにもせず恨みもせず、ウィットに富んだ、まあ話す相手が面白いと思ってくれるかは別としてもっと、そういう、そういうことしか話さない人間だったはずなのに。なのに、なのに、なんで、なんでこんなことになってしまったんだ。私は、わたしは、くそみたいな人間に変わってしまったの?

気が付いたら最寄駅についていて、改札を出ていた、出口を出て、二つ目の角を曲がるころには私の頭は愚かなので、ローソンで何味のチューハイを買おうかなという気持ちになっていたのだった。




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二つ目の角を曲がった時にはもうどうでもよくなっていたはずのあの時の気持ちがいきなり蘇ってきたことに驚いてしまい、歩みを止めて、立ち止まる。

スマホで地図を見るふりをしていると、少し前を歩いていた恋人が、どうしたの、という顔でこちらを見てきた。

なんでもないという旨を口に出して、止めていた足をまた動かす。

奈良公園へ向かう、緩やかな坂を登る。
右手に淀んだ色のため池が見えた。岸辺に植えたばかりの柳の木が、鹿に食べられないように網で囲われて、暑い無風の空気の中で、だらんとこうべを垂れている。

左手にはこじんまりとしたお土産屋の商店が何軒も何軒も立ち並んでいた。
けれど、お昼時だというのに、ほぼ全ての店はシャッターが閉まっていて、開いているのは一軒しかない。バックパックを背負った外国人観光客や、軽装の観光客が、お土産屋の立ち並ぶ道を、唯一開いているお土産屋の店頭のおみやげに一瞥もせず通り過ぎていく。
真新しい白いシャッターと立派な習字で書かれた「〇〇屋」と書かれた看板が立ち並ぶ道を通りながら、私は、もう顔すらも思い出せない眉毛が太かったということしか覚えていないおじさんの声を思い出していた。

「何かを変えない人はそれに価値があると思っているから変えないのであって、でもその信じている価値がビジネスの世界では必ずしも「価値」であるとも限らないわけで」

きっとこのお店たちは、「変わっていない」し「変えない」のだろうなと思った。

でも一方で、「変わっていかれ」て「取り残された」んじゃないかなとも思った。

 「気が付いたら変わっていたんだよ」
「昔はこれでも商売になったんだ」
「気が付いたら変わってたんだよ、世の中が」

頭の中にそんな言葉が浮かんで、私は気味が悪くなり、怖くなり、悲しくなり、目の前に現れた鹿にすかさず「かわいいねー」といってスマホを掲げて写真を撮った。
 

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帰りの新幹線は、京都から取っていた。

奈良から京都に向かい、お昼ご飯を済ませ、いくらか時間が余ったので、鴨川の沿いベンチに腰掛けて、しばらくぼんやりとした。

お腹がいっぱいで、日差しが強いから暑くて、でも水の音が聞こえるからなんだか心地いい。

いそいそと塗った日焼け止めに、じわじわと毛穴からにじみ出てきた汗が混ざってデロデロになっていくのを感じた。川の近くで地面を見ながらウロウロしている恋人をぼんやりと見つめる。

都市ではいつでもどこかぼうっとしていて、口数も少なく、同じ場所にずっと突っ立っていてもあまり苦ではありません、というような顔をする恋人だが、川や自然になると、ちょこちょこと落ち着きなく周りを歩き出すのがたいていだった。ある時はきれいな石を拾いたいとか、ここら辺にいつもいる顔なじみの野良猫を探したいだとか。そんな恋人を側から見ているとなんとも面白いので、私はそれがはじまるといつも遠くでながめているのだが、今回は「四つ葉のクローバーさがす」とだけ呟いて、ちょこまかと歩いて行ってしまった後ろ姿を、ぼんやりベンチから眺めていたのだった。

「四つ葉のクローバーをさがす」と言い出すくらい、鴨川沿いの原っぱは一面のシロツメクサで覆われていた。

群生の中で、いくつかのシロツメクサが揺れている。風で揺れているかと思ったら、たくさんのミツバチが、花の間を行ったり来たり、行ったり来たり、ただただそうしていた。

蜂が止まるたび、花がわずかばかりに揺れて、蜂が飛び立つと、花は茎ごと大きく揺れる。

蜂の数をいちにいさんと数えていると、恋人が遠くから、なにやら手をもぞもぞさせながらこちらへ戻ってくるのが見えた。

お目当てのものが見つかったのだろうか、と思っていると、私の前で一度立ち止まり、何か言いたそうな顔をした。

「なにどうしたの」

私がそう言うと、恋人はもぞもぞさせていた手元をこちらに見せてきた。

「これ作ったけどしっぱいした」

そこには額の近くの花びらが枯れかけているシロツメクサが、クタッとした姿で丸い円を描いていた。

それは、シロツメクサの指輪だった。

恋人は特に言葉を続けることなく、私の隣にストンと座り、もうこれ自分でつけちゃおーといって器用な手つきで自分の人差し指にシロツメクサを巻きつける。

その様子を横からじっと見ていると、綺麗でしょと花のついた自分の指を見せてきて、私がうんと言うと、おもむろに花の指輪を外し、立ち上がり、腰を屈めて、シロツメクサの原っぱにクタクタの指輪をそっと置いた。

「私にもつけて」

思わず声をあげていた。
恋人はかがんだ姿勢のまま、何も言わずに、大勢のシロツメクサのなかから花を一本を選んでつんで、またベンチに腰掛けた。

丁寧な手つきで茎をカーブさせて、カバンに入れていたキーケースから折りたたみ式のナイフを取り出して、茎に切れ目を入れる。切れ目に茎の先端を通した後、輪を作り、余った部分をくるくると輪に巻きつけた。

「できた」

一言言う。私が手を差し出すと、そっと指にその、今ほど作った指輪をはめてくれた。

「うまくできたと思う」
「そうだね、ありがとう」

自分の肌の上に、白い小さな花と、黄緑色の茎がちょこんと乗っかっているのをぼんやり見つめていた。そろそろ時間だから行こうと言われて、立ち上がり、しばらくそれをつけたまま歩いていたが、駅に向かうバスに乗るときに取って、バックの中に丁寧にしまった。



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帰りの新幹線の中で、バックの中から、シロツメクサを取り出した。

花は萎れ、茎は輪の形を崩し変色していた。

死ななくてもいい花を死なせてしまったなと思ったし、あんなに綺麗だった指輪が、『変わり果ててしまった』とも思った。

横の座席に座っていた恋人を見ると、イヤホンで音楽を聴きながら、口を開けて寝てしまっている。

太くて短い首と、ちょこんとした鼻に滲む汗を見つめた。

今隣にいるこの人は、出会った時から変わったような気がするし、変わっていないような気もした。というかそもそも私はこの人のことを変わったか変わってないか判断できるほどのことを実は何にも知っていないし、分かってもいないような気もした。

私のような、恋人のような、閑散とした土産物屋街のような、私たちのような、特に特筆すべき点もないにんげんは、特に特筆すべき点のないシロツメクサの群生は、気が付いたら自分が変わったり、周りに変わられたりして、変わったり変わられたりそれを繰り返して、ある時誰かに摘み取られたり、踏まれたり雨が降らなかったりして、特に特筆されることなく死んでいくのだ、と思った。

変わることに変わられることに意味や価値を持たせることができるのはきっと「限られた」ものことひとだけであり、残念ながら私は「そちら側」ではないのかもしれない。私は限られた自分の周りで起きたミクロの話からマクロの真理を叩き出し、たかが自分の考えだけど、でもこれがマジで真理なのであると思い、納得したような、安心したような、そんな気持ちになった。




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家についたら、玄関先に荷物を置いて、すぐに庭に出た。

そこらへんに落ちてた木の枝で雑草の生える地面を掘り、手頃な穴を開けてクタクタのシロツメクサを入れて、埋めて、それを指輪の墓とした。私だけは、忘れないでいようと思ったから。頭に思い浮かんだのは、太くて短い首と、ちょこんとした鼻に滲んだ汗だった。