斎藤はどこへ行った

ベリベリエモーショナルOL2年目(元大衆大学へっぽこ心理学部生)

自由律俳句

地下フロアを抜け出し、トイレの一室に駆け込んで、うずくまって床を見つめていた。明度の低い白熱灯で照らされた床に数本の陰毛と、陰毛のような毛質の長い長い髪の毛が一本、落ちている。

指の先から肘までの長さのそれを端から端まで目で追って、また床を見つめる。そうしたら、どうやら、くすんだリノリウムの床に何か、何かの液体が、てんてんてん、と垂れている、ということに気がついた。
営業達がいちいちめんどくさいからと施錠をしない、地下駐車場のセキュリティドアから良く侵入してくる、外部の変質者がまた撒き散らした尿だろうか。しばらく凝視して、そこでやっと、それがどうやら、ポツリ、ポツリと今、まさにこの瞬間にどこかから垂れ落ちている液体であることを認識する。あ、これってもしかしてと思い、膝を抱えていた腕を解き、手でぎこちなくアゴのあたりに触れた。幾分か濡れた感触があって、あ、私は泣いているのだなと初めてそこで合点した。

また腕で膝を抱え直し、しばらくそうしてじっとしていたが、そうしていれば何かがどうなるわけでもないので、立ち上がり、冷房が辛いからと羽織った作業着の袖で顔を拭った。
個室を出て、目前にある洗面所で手を洗っていると、前に貼られた鏡ごしに、地下駐車場の入り口から戻ってきた、隣の課の営業と目があう。
各フロアの両端にあるトイレは、いずれも男女並んで設置されていて、なおかつ、出入り口に近い方がかならず女子トイレで、遠い方が必ず男子トイレだった。どこのフロアも、同一だった。
私たちはトイレへ向かう時、鏡ごしに男性社員と目があったことは一度もないが、その逆は日常茶飯事である。
一瞬あった目をそらし、そうしていると営業はどこかに消えるので、鏡ごしに若い女と対峙する。血色の悪い顔色に、締まりのない口元。苦笑いをしようとしたが、顔の表面がうまく動かなかったので、仕方なく手短に手洗いを済ませ、ドライタオルで手を乾かした。