斎藤はどこへ行った

ベリベリエモーショナルOL一年目(元大衆大学へっぽこ心理学部生)

(500)日のサマーをみて、自分のトラウマをお焚き上げた話

 

 
勝手にフォローをしている某女史のTLがこの映画の話題で持ちきりだったので、遅ばせながら(500)日のサマーをTSUTAYAで借り、みてみた。
 
おしゃれでキラキラしてポップな画面の間から人間の業がちらついて見えた気がした。男も女もみーんなどうしようもなく不完全で、しょーもなくて、生臭くて。良くも悪くも、この映画の人たちって「生身」だなと思った。いやーでも改めて、生身の人間っ身震いものだって痛感。存在そのものが闇、深淵って感じ。
 
きっとお洒落でポップで可愛くなきゃ誰もこんな深淵、すすんで覗かないだろう。もし深淵から覗き返されでもしたら、たまったもんじゃないし。
そう考えると、この(500)日のサマーは「おい!みろ!ここに闇あんだぞ!?わかってるか?!スルーすんじゃねえ!」っていうキツーイお節介をすすんでしてくれるありがたーい映画なのかもしれない。お節介がありがたいかは別として。
 
前置きはこれくらいにする。
 
以下、女史達のTLで散々叩かれてたトムの深淵を見つめてたら、うっかり過去の自分のトラウマをほじくり返してしまった話をネタバレをしつつ順を追って述べていきたい。要は、案の定深淵に覗き返されたってとこです☆くわばら!!!
 

まずトムについての考察を。

私は、トムの痛さの根底は、自己認識を見誤り「自分は特別である」と思っている点だと思う。
自分は特別と思っているから「運命の人(=自分の理想に合致し、なおかつ本当は建築の仕事をするはずだったのにグリーディングカードを作成している《まだ本気出してない気だるげな俺》をステキと思ってくれるイケてる女)」と「出会え」た上で「結ばれる」と信じ込めるのだ。だって俺はそのスペシャルな女に値する特別な人間だから。
 
そうはいっても正直、何をもって人が誰かを「特別」とするかは色々な物差しがこの世の中にはあるのでなんとも言えない部分はある。
けど、この映画でトムはサマーから「トムは(サマーにとっての)特別ではない」と言われてしまう。これが真実だ。少なくともサマーの中のトムは、特別ではないのだ。
 
 
また、トムの言動はすべて「自分が特別である」という思い込みによって、歪められていて、なおかつ、特別である自分をどうにか守るために肝心なところで受け身的である。まじでなにこれ、アメリカ版おしゃれ山月記
 
だから、この映画で関係が進行するときは全部サマーが行動を起こしてくれてる。サマーにとっては、傷つくことなんて髪の毛切った時痛くないわってくらい、どうってないことだから。
あたしもSmith好き♡って言ったのもサマー、友達になろ♡って言ったのもサマー、キスしたのもサマーから、雨が降る夜の中「ごめんね、だいすき♡って謝りに来たのもサマー、結婚式に向かう車内で「久しぶりー♡」ってしたのもぜーーーーんぶサマー。
 
だから映画でトムを見てて、私は大嫌いなラノベのやれやれ系主人公を思い出してイライラした。
 
俺は別にどーだっていいんだけどね、なんかイケてる女(サマー)がお友だちになりましょうって言ってきてさー。俺全然そんなグレーなカンケーとか余裕だからさ、てか絶対そのうち俺に落ちるし。まっ、とりあえず受けてやったわヤレヤレ…………
 
 
……やれやれしたいのはこっち。観てる側である。お前、臆病な自尊心と尊大な羞恥心で見事に深淵に引き込まれてるぞ、気づけ。やれやれしてる場合じゃねーよ、と突っ込まずにはいられない。
 
心で思っていることは行動に現れるから気をつけなはれやという先人の言葉があるように、トムの中の深淵は物語の進行とともに暴走を始め、関係の破綻の要因となる。
サマーの部屋入って、彼女の夢の話聞いてポーカーフェイスで内心ドヤったり、めちゃ歳の離れた妹に何の生産性もない一人語り(相談に非ず)したり、折角気を利かせて話を聞いてくれた普通女子アリソンにおめー何様だ?みたいな態度を取ってみたり、結局惰性でしてる仕事でだって、周囲に当たり散らして…。もうやめてくれと言わんばかりの深淵っぷりだ。
 
 

しかし、途中で深淵に除き返された

 
 
とまあ、こんな風にお、おおぅ…と余裕を持って見つめてきたトムの深淵。だがしかし終盤のあるシーンで私は見事に深淵に覗き返された。
 
それは、知り合いの結婚式で再会後、サマーの婚約パーティーにそうとは知らずお呼ばれしたトムが土産を持ってくるシーン。
 
サマーが包み紙をあけてみると、そこには……再会した電車でトムが手にしていた建築本が……
 
て、はぁーーーーー???????建築本!!!!!!!!!!???????
 
今書いてても思わず感情的になるくらい、本当にこのチョイスは訳がわからなかった。お前、これって電車でサマーと鉢合わせて、でも自分から声かけられなくてもだもだしてたら向こうからこっち来て「久しぶりー♡コーヒー飲まない?あ、本読んでるなら邪魔か」「いや、全然大丈夫さHAHAHA」ってなって、すぐ読むの辞めたやつだろ?!
つか読んでもなかっただろ、気まずくて読むポーズとっただけだろ、建築の仕事志してる俺演出の小道具でしかなかっただろ?!それ!!!!
 
そんな小道具にサマーが少しもそれに関心をしめしていないのは明白だ。だって「2人の」会話、「2人の」思い出の中にはこの本は一切登場しない。サマーはこれを読んでもないし、一言も読みたいとも言っていない。
なのにこれをトムはチョイスした。なぜならだってこれは建築の夢追ってる俺の特別さを示すには格好の媒体だから………
 
 
と、そこで私は深淵と目があった。私の脳裏に消していた記憶が浮かびあがる。それは、誕生日に例の男友達(笑)からもらった業の深い最強3点プレゼント。
 
1,俺が好きな朗読CD
2,俺が大学のときに書いた小説
   (クソつまらない)が十数本入ったUSB
3,俺が考えた面白ギャグor自作ラノベの冒頭       
   が書かれた、手作りの日めくりカレンダー
 
お前も!!!ぜんぶ!!!!俺!!!!!!か!!!!!よ!!!!!!!!!!!
 
なんで今まで忘れてたんだと、捨てるのも恐ろしすぎて部屋の奥に封印したそれを見つけ、速攻、庭へもってき、ライターで火をつけ、すべてお焚き上げてきました。
 
(500)日のサマーをみていなかったら、私は彼の怨念が詰まったそれとずっと共同生活を送っていたことだろう。くわばらくわばら。
 
夜の帳の中、勢いよく燃えていく深淵を見つめながら、あー、ぱぷりこさんまじありがとーって私は日本の片隅でつぶやいたのだった。