斎藤はどこへ行った

ベリベリエモーショナルOL一年目(元大衆大学へっぽこ心理学部生)

7/14金曜日に副都心線女性専用車に乗っていたあなたへ

女子高生2人がドアにもたれかかって、おしゃべりをしていた。

閑散とした下り方面の通勤電車。けれど席は全部埋まっていて、さっき止まった駅で乗り込んできた2人はいく場がなかったらしい。


2人ともおんなじ水色のタータンチェックのスカートを履いていた。きっと同級生なんだろう。1人は同系色のポロシャツを、もう1人は白いシャツを上に着ていた。

白いシャツの子は色が白くて、柔らかく綺麗な黒髪をさっぱりとしたショートヘアにしていて、頭が小さくて、スラリと背が高く、笑った顔が双子のマナカナに似てた。アイブロウもしていない眉はそれでも綺麗な弧を描いていて、色付きリップも塗っていないだろうなぁというすこし横広の唇は、血色の良いピンク色をしていた。

ポロシャツの子は、白いシャツの子に比べると小柄だった。比べると頭の大きさがやや大きめで、肌もどちらかといえば浅黒く、前髪が異様に重たいセミロングヘアで、とくに何も手入れしていないであろう眉毛は野暮ったく、唇は血色の悪い色をしていた。

最近世に生まれた人たちは、スマホをいじる片手間に一緒にいる友達と喋ることがままあるけど、2人はそんなこともなく、とても楽しそうに、なんかよくわからないけどとても楽しそうにおしゃべりをしていて、私は、ああこの2人は片手間の仲良しではなく、本当に仲が良いんだなあと思って、しばらく2人を見ていた。

この路線は都心に入ると地下に潜る。
暗がりに入った途端電車の窓が、鏡みたいに車内の様子を映し出す。口角が下がって虚ろな目をしてる自分の顔を、ぼうっと見つめて、ふと女子高生2人を見て、そこで私はあっと気がついた。

小柄な方の子が、なんだか気まずそうに、自分の頭のてっぺんを触って、恐る恐る、こわごわと、髪を手でなでていたのである。

私はあっと思った。その気まずそうな、恐る恐るという手の動き、恥ずかしそうに歪む目元と、どこか誤魔化すように一瞬引き笑いする口元。そういう振る舞いには、とても見覚えがあった。在りし日、高校の女子トイレの中で、蛍光灯がらんらんと光るドラッグストアのコスメコーナーにある手のひらほどもない大きさの鏡の前で、マルイに入っているようなきちんとした服屋に置いてあった鏡の前で、誰かと一緒に並んでいる時の私と、全くおんなじだったのだ。
だから私は、このポロシャツの子は今、絶対に、自分の容姿に負い目を感じているのだろうなと、そう思った。



自分の容姿に薄ぼんやりとしたコンプレックスがある。

頭が標準よりでかいなあとか、おでことあごが豊かすぎてなんだか間延びした顔だなぁとか、足が太くて短くて嫌だなぁとか、お尻がおおきすぎるなぁとか、二の腕がブツブツしているなぁとか、そういう細々した「一般的な女子の容姿と自分の容姿との差異」っていうのはままある。ままあって、そうしてそれが要因で、私は世間的に美しいとされる容姿ではないということは随分前から承知していて、だから私はできるだけ自分の容姿にはお金をかけたくないなぁというふうに漠然と思っていた。なんでかっていうと、そんなに元が良くないものに、かけるお金を得るために頑張って働くということがとてもとても嫌だったからである。

お金をいっぱいかけるのではなくて、あらかじめ分野?によって予算を決めて(服は2000〜5000円までにする。必ずセールで買う。美容院はカットトリートメントで5000円くらいまでにするとか)見苦しくない程度にやりくりをしながらぼちぼち身の丈に合わせてやってきた。
身の丈といってもたかが知れてるので、実際の容姿も相変わらずだったけど、たま〜〜にもらえる「その服いいね」とか「髪の毛は短い方が似合ってるね」というお言葉だけで十分満足していて、私は脇の永久脱毛をすることなく、二の腕のブツブツと向き合うことなく、左目の横にある大きなシミと向き合うことなく、この歳まで来てしまったのである。  

そうやって来た私が、あっ、と思った出来事がある。

先日、インターネッツで知り合ったお友達と服屋へ買い物に行った。
彼女はとても容姿が綺麗で、元が綺麗だけど美意識が高いのでお金をきちんとかけてさらに綺麗に自身を着飾っている、そんな人だった。そういう彼女に誘われていく服屋というのは、もちろんとても美意識が高く渋谷のなんかこう裏路地?にひっそりと佇むなんかこう海外のアンティークな可愛いお洋服を取り扱う古着屋といういかにもシャランラ〜みたいなところで。

服屋といえば、UNIQLO、ジーユー、GAP、H&M、アルシーブス、vis、ロペピクニックと地元のイオンでまかなうことしか考えていない、地元は嫌いだけど実質マイルドヤンキーみたいなライフスタイルをしてる人間からしてみればそういうところは間違いなく異空間である。丈のあっていないGAPの2000円のワンピースで立ち入るのは非常にアレで、まあ入ってからもお友達はガンガン接客されるけど私は店員から完全スルーされて、うほほまあある程度は想定内なのでと思いながら所狭しとアンティークな雑貨に囲まれた店内を物色していると、1つのワンピースに目が止まった。

透け感のある素材の、胸下で切り返しがしてある紺色のワンピース。首元はボックス型?に開いていて、二の腕がすっぽり隠れるくらいのふんわりした袖口、やや赤みがかった暗いアメジスト色のボタンが真ん中に4つくらいてんてんてんと付いていて、切り返しの下は白のドットがプリントされたストンと落ちるデザインのワンピース。

それをみた瞬間、おお!これ!これだ!と思った。迷わず一点、それをとって店員さんに話しかけて試着をさせてもらった。


買い物に行くとき、これはなにを買うにもそうだけど、頭の中でものすごーく買うもののイメトレをしてから店に行くようにしている。
服を買うのだったら、私は足が太くて短いので上の方で切り返しのある膝下丈のワンピースか、ミモレ丈のスカート、色はクローゼットの他の服とかと合わせやすいようにかつ生地や裁縫のアラが目立ちにくいモノトーンか暗めのものを買いたいなぁとか思う。でも安い店には大概ピンと来るものはなくて、しかたないから及第点の物を買っておくか〜と思って買ってうーんやはり及第点は及第点か、となって、そんな感じで今までやって来ていた。

MMにお前の髪型、メルモちゃんみたいやな!と言われた昭和っぽいショートヘアと水玉模様の長い丈のスカートはレトロな感じがとても合っていて、面長な顔とと短くつまった首は、やや広めの四角く開かれた襟ぐりで幾分か緩和され、ブツブツの二の腕はふんわりとした袖に隠れ、太い足と大きな尻はストンと下がったスカートの中にすっぽりと隠れていた。

試着をして、ああ、私はこういう服が「合っているんだなぁ」と思った。
これを着たからといって、劇的に美しくなれたとは思わない。けど、でも、「合っている」服を着ている自分をみて、なんだかとても安心したし、とても満たされた気持ちになった。
それは、自分で選んだ選択したものが自分に合っていた、つまり自分にとっての正解を自分で選ぶことができたんだという静かな喜びだった。流行りの刺繍トップスが似合わなくても、でも私は今確実に沢山ある服の中から自分にとっての正解を見つけられて、そしてその見つけた服と自分が調和できたことにたいする静かな興奮でもあった。

試着室から出たら店員さんが飛んで着て、わーーーーーお似合いですねーーーーーと言われた。さっきまで私のことをないものとして扱っていたのに、目をちゃんと見てかけられたその言葉に、「ああ、やっぱり、この服は私に合っているんだなぁ」と思って、途方もなくホッとした。



7/14金曜日朝の副都心線女性専用車で気まずそうに髪を撫でたあなたに言いたいなと思うことは、そうだな、今はみんなとおんなじ制服を着させられてわからないとおもうけど、あなたに似合うよそおいというのはこの地球上のどこかに必ずあるよということです。似合う服を着たからといって私たちはマナカナになれるわけでもないし、髪をショートカットにしたからといって剛力彩芽さんにはなれないけれど、でも似合うよそおいをしていれば、とても心が安定して、落ち着いて、安心して、なにより自分を恥ずかしがらずに良くなると思う。そうおもうよ。

そしてなりより、自分を恥ずかしがらずになったらきっと、女子トイレや地下鉄の反射した窓ガラスの前やドラッグストアのコスメコーナーの小さな鏡の前にあなたの好きな友達と一緒に並んだとしても、なんにも恥ずかしがることなく、後ろめたくおもうことなく、惨めな気持ちを抱くことなく、一緒におしゃべりが出来るのでは?そう思います。


自分に似合うよそおいを探すために、ぼちぼち勉強してぼちぼち働き、すこしばかりのお金を使って、それなりに休息をとりながら、まあ、一緒にやっていきましょう。やっていこうね。